2001年から2010年まで9年弱に渡って母上を介護して、その後5年狭山の介護病院でお世話になりました。

続々・高齢者に冷たい家電製品  2006.8.11

 家に家電に弱い高齢者がいると、こういう話題には事欠かなかったりする。

 今度は電話機である。我が家は電話回線が2回線ある。自分が、就職して大阪に住んでたことがあり、その時に電話を引いたので、実家に戻った時にせっかくだからそのまま自分専用に設置したのだ。
 自分用のは以前からコードレス子機付きだったが、「家」用のは4年前に母親が脳梗塞で倒れた後に子機付きのモノに変えた。それまでのが古くなってしまったのと、電話を自由に移動できるからである。奇跡的に子機の操作は覚えてくれた(もちろん電話をかけるという最低限の操作である)。おそらく今現在からだったら、同じ事を覚えるのは不可能かと思われ。

 ところがその4年ほど前のモノであっても、結構よけいな機能が子機についている。よけいなボタンが多いので、たびたび通話中にどこかのボタンに触ったり、頬がボタンに当たって、なにかの機能が呼び起こされて「ピーピー!」と警報音のような音を発する。解除するにも、何がなんだかわからないので、一度切ってもらってかけ直す、ということを良くやっている。

 その頻度も多くなってきたので、もっとそういう弊害の起きにくい電話はないのか?と探しに行った。
・・・・・・・・・・
 予想されたことだけど、結果は正反対であったのだった。4年前の子機以下の機能のモノなどは皆無なのである。ボタンはよけいに増え、デザインもすっきりして一目でわかりにくくなり、もう思考の活発でない高齢者にはお手上げであろう…。
 携帯電話は、そのような方面に優しいよけいな機能のないモノがヒットしているが、固定電話には「ない」との店員の答えであった。

 というわけで新しく買うことはやめ、というか買う物がない。それで、現在のモノを制限すれば良いのだと思い立った。よけいなボタンを使えなくすればよいのだ。子機を分解した所、ボタンの接点を妨害するのがもっとも簡単で確実だと思われたので、接点部分に同じ形に切ったビニールテープを貼って電気的な接触をしないようにし、「便利機能」のボタンは全て作動しないようにした。メーカー側は、どんどん便利機能を追加してわかりにくく故障も多くし、ユーザー側がそれを使えないようにして自己防衛しているという間抜けな構図なのだった。

 まぁ、これで問題は完全に解決出来たことであろう。しかし、かつては家電製品をユーザーが分解するというのは、自分で「修理」するときか、子供が好奇心を起こした時だったのだけど、よけいなことをしないように改造するために分解しなければならんとはなぁ…
 便利機能を使えなくして、基本的な「電話をかける」という操作しかできなくした子機であるが、これで充分じゃん!と思ったのだが…


年末年始休暇  2007.2.2

 自分が子供の頃まで遡らなくても、正月三が日くらいはどこもかしこも休業というのは当たり前だった。それが今や、なんでそこまでして元旦からやってるの?と言いたくなるのは多い。まぁ、以前は休みでしょうがないと思っていても、今は正月に開いてて助かるモノもあれば、開ける店が多くなったから自分の店が休むわけにはいかないとか、そこまでしないと経済的に苦しいという事もあるでしょうが。

 自分と同じく親を一人で介護している知人がいて、何が困るって年末年始に介護福祉関係が一斉に休みになってしまうことだと。うちもできれば休まずにやって欲しいとは思うけど、どうにもならないというほどではない。でも事業所が休暇でなくても、年末年始にヘルパーさんがたくさん休んでしまうために、派遣が出来ないということにはなった。知人は普段は、デイサービスで親を預かってもらえるので、それで何とか精神的に壊れずに済んでいると言っても良い。年末年始はその点かなり苦しかったようで、かなり嘆いていた。
 同じような事が新聞投書に載っていて、約一週間福祉関係に休まれてしまうと、特に老々介護ではかなりの心身の負担となる。なぜ休んでしまうのか?という憤りの投書だった。

 これは確かにその通りで、どうでも良い店はたくさん開いていて、従業員を安ませもしていないのに、本当に必要なところは簡単に休んでしまう。介護福祉関係に携わる人たちに休むな、と言うつもりもないしそう言うのはおかしいのだけど、交代制にするとかなにか無理のない方法で常にサービスを提供するという事をするべきだとは思う。
 そういう仕事のプロであれば、年末年始も仕事をする事もあるという心構えでいて欲しいし、もちろん国や自治体もそう出来るようにしないといけないはず。現場に携わる人に無理が生じるようなやり方になってもいけないのだ。現状では介護の仕事に関わる人の報酬も身分的待遇も悪いので、今のままで自分の仕事の自覚を持って働け、なんて事は言えない。現場で働く人たちも同じく被害者であろうし。

 格差がどんどん広がって、あらゆる面で弱者をますます生きづらくしていて、こんな部分でまで「自立をしてなんとかやっていけ!」と追いつめるのだろうか?


ひどすぎる介護法改定  2007.2.7

 新聞やニュースなどで、その酷さは良く聞いている。昨年4月に改正され、いろいろな面が利用者に厳しくなっている。施行は4月だが、さすがにヨーイドンでいっせいに適用は無理なので、事業所が少しずつ各利用者家庭に説明に回り、その次の月からの適用になるらしい。うちは割合遅い方だったので、噂に聞く酷さがイマイチ実感は出来ていなかった。

 介護事業所を利用していると、毎月一回はケアマネージャーが訪問しないとならない。そのときの訪問は、ケアマネージャーとヘルパーさんを派遣する訪問介護部の我が家の担当者でやってきた。
 ケアプランの見直しをしなければならないというのだが、かなり表情はかたかった。おそらくあちこちの利用者から怒鳴られたりしたのであろう事は、予想に難くない。現場の人たちを責め立てても筋違いなのだけど。

 本当にもうしわけない、本意ではないのだけど、制度が決まってしまいどうにもならないという感じ。昨年4月から改定になった介護保健の中での利用法は、本当に人間不在のものだった。現場を知らないというのは良くあることだし、介護でも前からあったのだけど、そんな生やさしいモノではなく、ホントに人間不在である。

 介護を利用する側はいろんな状態がある。だから本当はきめ細かくいろんな融通が利いて欲しいのだが、まぁそこはどこかで一線を引く必要もあるというのは理解できる。今まででもそういうのはあり、不満点はたくさんあったのだ。まだ「現場を知らないバカ役人たち」と言えた。
 今回は、利用者の状態は一切無視なのである。身体的な理由で介護を必要とする人もいれば、認知症などの「心」の問題の場合もあれば両方の場合もあり、いろいろである。これからは、そんなことは一切関係ない。例えば、入浴介助は60分以内と定められ、利用者の状態で時間がかかることだってあるし、風呂場の設備の関係で時間がかかるとかいろいろあるのに、リミットは60分。それを超えた場合は厳しい違反と見なされ、ヘルパーも咎められるのだ。そういうようなことがたくさん決められていて、単純に時間と仕事内容ですべてを区切る。そして、あくまで身体介護であり、精神的な面は一切無視。介護には、精神的な介護もあり、少しでも社会性を失わないようにとかボケないようになどの、いわゆる「見守り」という部分もあったのだが、そういう「非生産的」なモノは一切切り捨てられた。違反するととにかく罰則である(事業所は国への返金も求められる)。恐怖政治かよ。・・・・

 同居する家族が被介護者でない場合は、ヘルパーは一切の家事をやってはいけなくなった。
 ある部分では、そういうのも確かに一理あると思うところもある。でも、老々介護で、もうほとんどヘロヘロ状態の同居人であっても、その人が重病であるとか介護を受けているとか、よほどの事情がない場合は、一切ダメなのだ。同居人がいるのに家事の部分まで手伝って欲しい場合は、同居人も介護認定を受けろ、ということになっている。そうでなければ、それ相応の診断書を出せと。以前は、要介護度によって「利用できる」点数が決まっていたのだが、これからは点数に余裕があっても、厳密にいっぱいいっぱいの状態で立てた利用計画以上には使ってはいけなくなった。

 ここ数年の政府や各省庁のやり方を見ていると、今回の件でも見てとれる明らかな方針がある。それは、日本は企業を中心にして海外に「経済成長をしている」と見せるのが第一で、お金を稼いで経済成長に貢献できない人は早く死んでください、という政治であろう。一定期間に成果の出ないリハビリ患者の、リハビリ打ち切りとか、あらゆる弱者いじめを見ていると、そう考えると筋が通る。そういうのをどんどん打ち切ってどんどん死んでもらって、介護費用や医療費を使わなくてすめば、お上は万歳なのだし。そして、そういう本当に必要な所にはお金は使わずに、どんどん大企業が有利な公共事業などにまわし、政治家や役人が心おきなく無駄遣いを出来る財源は確保しなければならないのだろう。こんな事を書くのは、普通は人間性を疑われるような暴論なのに、腑に落ちてしまうのが恐ろしい。

 ケアマネージャーも以前から、皆さんもどんどん声を大にして行政にうったえてくださいと言っていた。しかしよく考えたら、介護の現場を良くわかっているはずの舛添要一氏が所属する与党が推進したんだ。だめだこりゃ・・・
 制度が少しでもましな方向に変わることがあるとすれば、これらによって大量に自殺者や疲弊して死んでいく国民が出て大問題化した後なんだろうな。
 うちに来ているヘルパーさんは、当然あちこちの利用者宅へも行っているわけだが「今まで2時間なら2時間の介護サービスをしてあげてて、状態がせっかく良い感じになったところも、どんどん無理矢理に時間を削られちゃって、状態が悪くなったりしてる」とのこと。その人によって必要なサービスがあるので、こうしてあげたいと思って出来ていた部分も、そんな事情は一切無視でガチガチに切り捨てられているのである。厚労省の思惑通りになってるわけだ。

 そうそう、案外見落とされているのだけど、かわいそうなのは利用者と共にヘルパーさんなのである。ヘルパーさんはただでさえ待遇が悪い。保障もないのである。ある家庭にヘルパーとして派遣されていて、その家庭がヘルパーを不要とした時、もしすぐに代わりの派遣先がない場合はその分は収入はないのである。ヘルパーになってもすぐにやめてしまう人が多い、という問題が指摘されるのだけど、そういう不安定な身分が問題にされることは少ないような。今回も、厳密に時間が決められ、今までよりも早く仕事を終わらせて引き上げなければならない。その分のヘルパーさんの収入は減るだけなのである。

 本屋で介護法や今回の改定について解説されているモノを見ると、実にきれい事が並べられている。介護予防とか自立支援とか、もともとは財源を切りつめるためにそうしたのに、論理をすり替えて、こんなすばらしい予防や支援の内容になるのですよ、と。現場レベルで、今回の改定に納得できる人がいたら是非話を聞いてみたい。

 そうそう、ちゃんと厳密に守られているかどうかを、抜き打ちでチェックをするらしい。抜き打ちで利用者宅へ訪問チェックして、少しでも違反があると事業所とヘルパーが罰則を受けるとか。大手のコムスンがそれで引っかかって、かなりの額を国に返金させられたとか。実際の所はわからないけど、おそらくヘルパーさんは見るに見かねて、違反を承知で利用者に良いと思うサービスをしたのだと思うが。そういうチェックには膨大な人件費がかかるはずなのだけど、そういう経費には無頓着で、利用者の利便性よりも、無茶な法を遵守する方が大事らしい。


 

相変わらずの認定審査  2007.12.2

 この件に関しては一昨年も指摘したのだけど、相変わらずなのだった。・・・ 介護度認定の審査の話である。前回書いたときは、本人(母親)が目の前にいても平気で普通の声の大きさで、つまり母親の存在はまるで石ころであるかのごとくであった。今回は自分は審査の人を挟んで母親と反対側に立っていたので、こちらを向いて小声で聞いてきた。
「被害妄想になったりすることはありませんか?」
「大声でわめいたりすることはありませんか?」
の類の質問である。
「またかよ・・・」とあきれつつ、小声で「いいえ」を繰り返す。そして同じような質問を小声でいくつも聞いてくるので、いい加減にキレかかって「(そういうことは)ありませんけどぉ・・、この場で聞くことような事ですか?(- -メ) 」とにらんだ。審査官はハッとした顔つきになって小声で「すみません・・・」と言った。
  ところが、だ。また同じような質問をそのまま続けてくる。「だから、なんでそういうことを今ここで聞くんですか?」と再びたしなめるとようやくやめた。この日はうちの担当のケアマネージャーもたまたま同席していた。その時のケアマネージャーの表情は硬かった。

 一通りの審査が終わって、玄関に近い部屋で伝え足りないことを言った。その間ケアマネージャーは、母親とお話をして時間を稼いでいた。一通り伝えたいことを告げた後「あの場で(母親本人が聞こえる場で)ああいう質問をするのはおかしいと思わないんですか?それに『はい』と答えたいときでも答えようが無いでしょ?」と釘を刺すと、すまなそうにわびてはいた。

 審査官が帰って、母親との話を終えた後のケアマネージャーは憤慨していた。母親は軽い(?)認知症ではあるのだが、認知症であることを本人に悟らせたり、そのような扱いをすることは断じて御法度なのだ。認定審査は、現在利用している介護事業所以外のケアマネージャーなどが無作為で任命されて行うのだが、「先方の事業所に電話して(抗議して)おきます。」とケアマネージャーは憤慨していた。

 うちがすでに二度も同じようなケースに遭遇していると言うことは、相当な頻度でこのようなやり方がなされているという事だろう。二度とも審査官は初めて指摘されたような反応だったので、家族にストレスを負わせたり、本人のプライドを傷つけても気づかないケースが多いのだろうか。どちらの審査官も人の世を知らない若い世代ではなく、子どもを一人前に育て上げた以上の世代の人なのに。
 ただでさえ介護はストレスなのに、それを手助けする方面のやり方がそれを上回るストレスになることがままある。今回もかなりな精神的ストレスになってしまった。こういうことは、介護の仕事に関わる人の教育という論議もあるけど、相手を「人」と思っていれば普通にわかりそうな事なので、教育以前の本人の問題なのだと思ったり。

憂鬱な年末年始  2007.12.23

 少なくとも小学校の頃は、年末年始というのは無条件で嬉しかった。冬休みであるというのももちろんだけど、やっぱり新しい年が始まるというイベント的な楽しさか。親戚廻りや訪ねてくることもほとんど無かったから、お年玉をもらえる、という嬉しさはなかったかと。加えてうちの親は、お年玉に相当する分を子供名義の銀行貯金に入れておくという、子どもにとっては何の納得もいかないことをしてくれていたし^^;

 さて、母親を介護するようになってから、今回が7回目の年越しとなる。ハッキリ言って介護中の年越しというのは、普段以上のストレスになったりするもんなのである。いろいろな事で普段とペースが変わるので、どうにかこうにか慣れているペースが崩れるというのは可愛い方で、一番は介護サービスが受けられなくなるということ。うちはまだディサービスを利用していない。今度から利用する段取りを付けてもらっているが、早いところで数ヶ月、一番オススメの所だと2年待ちなのだった。
 で、在宅サービスを利用している家族はもちろん、ディサービスなどの施設を利用している家族は輪をかけてこの時期は大変になる。なにしろ一斉に休業されてしまうのだ。その間の約一週間は、サービスを受けられずにしのがなければならなくなる。実際は、ヘルパーさんによる在宅サービスは、年中無休で利用はできることになっているのだけど、この時期はヘルパーさんも一斉に休むので、利用しようにも事業所自体に「人手がない」のだった。どうしても利用したい家庭には、ヘルパーさんに代わって事業所の職員さん達が不休で働きまくることになる。うちは、大晦日までヘルパーさんを頼み、新年は5日から利用する事にした。年末はいつものヘルパーさんも休み、人手もないので利用時間も短縮にならざるを得なくなっている。

 誤解無きように付け加えると、介護事業に関わっている者は、年末年始に休むべきでないなんて事は一切思わない。事業者も職員もヘルパーさん達も、人並みに休むのは当然な事。後で述べるけど、「誤解されている意味でのボランティア」で働いているわけではないのである。でも、サービスを受けられない期間が発生しないようにしなければならない業種ではあると思う。交代で休むなりして、うまくやりくりした方がよいのは当然。でもでも、なにしろ人手が極めつけに足りない。それもこれも現場が悪いのではなく、政府や厚労省が120%悪いのは間違いない。関わっている人たちは、劣悪な待遇の中で一生懸命にやっている。2年前の介護法の改悪は「マジでこれが利用者のためになると思ってるの?」と、作案した連中の頭の中を疑う内容で、要するに余計な保険料を使う人たちは早く死んで下さい、という国と厚労省の意思表示なのだ、と考えた方がスジが通る。おまけに介護サービスというのは、被介護者のためであるのはもちろんだけど、介護している家族の心身の負担を減らすためでもあるはずだった。それが介護法改悪ではその家族の負担軽減に関する部分は「バッサリ!!」と切られた。「家族のストレスなんか知ったこっちゃねえよ」という態度なのだ。切られただけならまだしも、より負担がかかるようにされている。まるで「じゃぁ心中しなさい」と言っているみたいに。感情的にオーバーに言ってるわけではなく、マジなのですよ。事業所も「まともなお世話が出来ない」と困ってるし、この仕事に関わる者で、改正に納得できている人は皆無でしょう。桝添要一が自民党員でなかったら、「テレビの前」ではかなり激怒しているはず。

 さてさて、これらの仕事に本来の意味でのボランティア意識は必要だけど、誤解されている意味でのボランティアが中心になったり、ボランティア活動を求めるのは間違っている。無償奉仕同然のボランティアで関わる人も当然いるし、それはそれで良いことだけど、中心にならなければならないのは、まっとうな仕事として成り立って働く人たちのはず。
 意味を誤解されたボランティアというのは、日本人のボランティア幻想のこと。ほとんどの人は「ボランティア=無料奉仕」だと勘違いしていると思うし、実際にそういう言葉の使われ方をしている。しかしボランティアというのは、自分から積極的に活動して関わっていくことであって「無料奉仕」の事ではない。報酬に関することは「ボランティア」という言葉の定義には一切含まれていない。コムスンが問題になったとき、もちろんコムスンのやり方が悪かったのだけど、介護事業は儲からない、というより儲かってはいけない、という暗黙の了解があったように感じた。儲けるという語感が悪ければ「利益が出てはいけない」という誤解が。何かしらの利益を出すのは当然で、出さなければ運営は成り立たない。現状はどう見ても、介護という仕事に関わる人たちは「ボランティア貧乏」を強いられている。

 と、そんなこんなで、年末年始の一週間が早く過ぎ去ってくれるのを待つばかりだったり。ま、ほぼ一週間、自分も外出を控えねばならないも同然なので、年越しになるイラスト仕事をじっくりやるとしようかと。
 しかし、これを書いている(打ち込んでいる)部屋のBGMが、ショパンのピアノというアンバランスさも^^;;


 
 

認知症  2008.1.28

 言い回しを変えただけで、問題が好転したように勘違いしてしまう日本人だが、「認知症」ってのもどうなんだろうか?まぁ「痴呆」よりはましだけど、「認知症」だと認知が可能だという意味の単語になってるじゃん、というつっこみもありましたね。

 さてうちの母上はしっかり認知症で、初期・中期・重度で言えば中期かと思われる。
 そんな中、昨年末、一緒にテレビを見ていると「認知症」の特集をバラエティっぽくやっていた。認知症とはどういうもので、アナタは大丈夫か?みたいな内容なのだけど、ああいうのをゴールデンタイムでバラエティに見える雰囲気でやるのはどうなんだ?と疑問。今更テレビ制作者に、常識的なまっとうな判断を期待するのも無理なんだろうけど。
 で、それを見ながら
 母:「認知症ってなに?」
 小生:「昔でいうボケ老人」
 もともと「認知症」も「痴呆」という単語も良く知らないようだったので、一般には表現は悪いがそう答えるのが一番手っ取り早かった。

 こういう番組を、家族みんなが一緒に見る可能性がある時間帯にやるデメリットは、該当する本人が家族と見ている可能性が高い、ということなのだ。認知症患者に、自分が認知症であることを悟らせるのは、介護では御法度である。ま、そういうチェック番組などを見て、自分が認知症であると察知できるのは、かなり初期なのだと思うが。

 番組の中では、認知症の数々の自覚症状を取り上げていた。それをぼんやり見ながら母上は
 「あたしは大丈夫だね」
 ・・・ガクッ

 ま、そう思ってもらった方が幸いだ^^;;;

 
 

耳アカの塊!!  2008.7.24

 先日のことだった。母上が耳を綿棒で掃除しようとしたが、綿棒が入らないという。綿棒を見ると固い壁に突き当たったようにヨレている。???んなアホな。上手く耳の穴に入れられずに、脇に当ててるんじゃないのか?と思ったのだった。しゃーないので、手伝うことにして耳を見て仰天したのだった。
 なんと、両方の耳の穴が耳アカでふさがっている。かさぶたのようにビッチリふさがって、隙間もないのである。その光景にも驚くが良くこれで聞こえていたもんだ、と二度ビックリ。表面は本当にかさぶたのように固くなっているので、もちろん綿棒など歯が立たない。急いで耳かきとピンセットを取りに行く。
 さて、耳かきで「掘ろう」としても、とっかかりがつかめずに掘れない。なので最後の手段でピンセットでとることに。それでもピンセットで「つかむ」ということが困難で、少しずつ塊を崩すように掘る。そして、なんとかつかめるようになったら、一気に・・・、と思ったが、これがなかなか耳から抜けないというか外耳の皮膚からはがれない。無理にはがすと、外耳の皮膚を一緒にはがして傷つけるのではないか?という感じがする。なので、慎重にそーぅっと引っ張ると日焼けの皮膚がはがれるようにはがれた。
 おぉ~~!!すごい、外耳の入り口から1センチくらいふさがってたんじゃないのか。残りのアカもピンセットで慎重にはがしていくが、奥の方はライトを当ててもよく見えず、鼓膜が光っているようにも見えるので、うっかりやるとヤバい。後日耳鼻科へ連れて行くことにしよう。反対側の耳も同じ状況であった。
 しっかしすごいもんだ。耳アカってあんなにたまるモノなのか。4~5年前に耳鼻科に連れて行ったことがあるから、そのときは耳も診てもらっているはずで、それ以来掃除もせずにたまっていったと言うことか。そういえば、小学校低学年の頃、なにげに小指で耳をほじっていたら、大きな塊が出てきてビックリしたことがある。

 めっきり耳も遠くなったな、と思っていたけど、耳穴の隙間もないほどふさがっていてそれなりに聞こえていたのだから、実はかなり耳が良いのか?^^;

P.S.
数日後に耳鼻科に連れて行った。右耳の外耳が赤く傷のようになっているのは「無理に耳アカをはがしすぎだよ」とのこと^^;; 上皮が一緒にはがれていたらしい。でも全然大丈夫なのではあった。


 

清水由貴子さんの死  2009.4.24

 デビュー曲の「お元気ですか」も名曲だと思ったし、好きなキャラの人だったなぁ(遠い目・・・) 合掌

2009年4月21日、歌手でタレントの清水由紀子さんが自殺した。車いすに乗った母親の傍らで硫化水素をもちいて自殺したとみられる。母親の介護で介護鬱になっていた模様。

 このニュースを巡って、再びみたび介護に関する問題が議論されているが、批判を承知でひどいことを書くと、本当に政府と厚労相の思うつぼという印象。(それ以前に、こんな大事なニュースよりもSMAPの草彅が酔って裸で暴れたというほうを大ニュースに扱うマスコミのバカさ加減にもあきれる)
 「自立支援法」などというきれいな表現にくるんで、どんどん介護に関する法律を改悪している厚労相のやり方は目に余る。通常、介護というものは「一人で抱え込んではいけない」「介護制度をどんどん利用しろ」が常套文句なのだが、現在の介護法はそんなことをなるべくさせないようになっているのだ。
 それでもまだ数年前までだったら、介護する家族の疲労も憂慮して、その家族も休ませる事を考慮していたけど、今の法律では「家族の事まで知ったこっちゃねえ。耐えられなかったら死ね」と言っているのと同じになってる。
 よくこんなものを作ったもんだというひどい内容の制度になりさがっている。これらについては何度も何度も書いているけど、それで大変な思いをしているのは利用者と現場で働く職員たちである。職員さんたちは待遇も酷いが、利用者に必要なサービスを提供する道まで厳しく閉ざされている。もちろん本当にこれが良いのだと思い込まされて、一生懸命働いている役所の人がいるのも理解している。
 自分自身も壮絶な母親介護をしてきた桝添厚労相が、こんな法律を擁護しないといけない立場に立たされて、心中は身も引きちぎられる思いなのでは。それともあそこまでエラくなると、もうただのバカになるのか?
そして日本政府の方針のひとつなのだが、経済活動の足を引っ張る人たちはどんどん死になさい、なのだからどうにもならない。

 介護虐待・殺人や自殺のニュースの時、多くの介護経験者が同じ感想を語るが「きもちは良くわかる」ということ。
 自分もニュースを見るたびに気持ちがよくわかる。いつ自分もキレて介護している母親に手をかけてしまうか、という不安というか恐怖は常々持っているのである。死のうと思うよりもそちらのほうが大きいかも。腹が立って押している車いすをひっくり返したい衝動に駆られたことなど、一度や二度ではにゃい。事件になってこの近所の風景が報道されるのを想像するのもそれほど難しくはない。まだせいぜい母親のいないフロア(2階)で、目立たないような壁位置などに蹴り穴を開けたりした程度で済んでたりする。キレかかりながら蹴る場所や強さなどを計算しているのだった^^;
 そう言うと、心のSOSに聞こえると気遣ってくれる友人もいるが、そうやってしゃべったり、こんな公に書いているうちは大丈夫だとは思ったり。

 なんでみんなそんなにまで酷い思い(虐待や殺人)を持つようになるのだ?と思っていたのは、せいぜい介護経験2年ほどの頃までだったか。
 3年ほど前から、自分の心身にストレスによる異常が出てきて耐えられなくなり、すがる思いで心療内科へ転がり込んだ。しばらくはそこで処方される軽い抗不安剤で乗り切っていたのだけど、ちょっと腑に落ちない点も感じてきた。処方してもらった薬はそれほど飲まないので行く頻度は低いのだが、行ったときでも特にストレスの状態も聞かれず、服用している薬の効き具合と、あとどれくらい必要なのか、だけなのだ。薬自体も効いているのかどうかよくわからなくなってきた。自分的には、精神的な部分が大きいのだから、カウンセリング的なものも受けたほうが良いのではないのか?という思いもあったり。

 そんなとき、ノイローゼでもあった叔父を通わせたという叔母に教えてもらった近所の心療内科を思い出した。叔母も数年前まで叔父を介護していたのだ。
  古くからやっている内科で、週末のみ心療内科外来を受けている。行ってみた日は水曜日で心療内科がなくてあきらめたのだが、駅のホームから他の心療内科の看板が見え電話してみた。「今まで診療を受けていた場合は、そちらからの紹介状が必要です」とのこと。前のところに疑問をもったから変えたいのに、紹介状も何もないだろう・・・
 そして土曜を待って、叔母が教えてくれた心療内科へ。なんだかとても懐かしい内部の雰囲気だった。古き良き時代の医者の待合室という感じ。
 とても良い先生で、細かく聞いてくれて、精神状態や体の状態からして違う薬を処方してくれた。カウンセリングについても聞いてみたが、介護ストレスは特殊なので、普通のカウンセリングの先生の所へ行っても、物足りないだろうと。介護経験のないカウンセラーなら行くだけ無駄かもしれないし。それよりも介護家族が集まって話を聞き合ったり助け合うサークルみたいなものがあるから、そちらのほうが遙かに役にも立ちストレス発散にもなると。なるほど・・・
 もらった薬も軽い抗不安剤なのだが、なんだかとても自分には効き方が良かった。先生にも信頼感がもてたし、疑問点も解消して、なんか総合的に久々に腑に落ちた気がした。軽い介護鬱にもなってるのかなぁ?と思ったりもしていたが、それも全然なかったようであった。「朝起きたときなど、もう何もしたくないとか思うことがありますか?」みたいな質問をされたけど、制限があって出来ないことは多いけど、やりたいことだらけだし^^;;

 数年ぶりに自分も妙な不安感から解放されて落ち着いた気もした。薬も合ったのかもしれないけど、先生も信頼できて、いろいろと落ち着いたのだろう。すると、母の認知症の状態も心なしか落ち着いている感じがする。
 介護で接する家族の不安や怒りなどの感情は、認知症患者には敏感に伝わって状態が悪くなる、というのは前から聞いていたが、んなこと言われてもどうにもならんじゃん、と思っていた。今回改めてそれがよくわかった気がする。まぁ、たまたま状態がよい波の時なのかもしれんけど。
 また誤解亡きように付け加えると、以前の心療内科医が良くなかったというのではなく、自分には合わなかったのだと思う。名医でもやはり自分に合う合わないというのはあると思う。

 さて、先の清水由貴子さんのことだけど、本当に他人事なのではない。長く介護をやっている人にとっては気持ちもよくわかって、明日は我が身でもおかしくないと実感するでしょう。今回の心療内科の先生も、自分もそういう不安感(いつ自分がキレて手をかけてしまうかもしれないと言う不安)を語ると、そういう気持ちを持ってしまうのはしょうがないことだ、と納得してくれていた。そんなとき、そんな気持ちを持つもんじゃない、なんて諭したら、その本人はいずれ壊れてしまうのだ。人だからこそ、そう感じてしまうのはどうしようもないことなのだ。「えらいわねえ」「親孝行ねえ」なんてきれい事でほめてもらっても、「そんなきれい事なこっちゃねえんだよ!!」と怒鳴り返したい本人たちなのだから。
 しかしなによりやっぱり必要なのは人の手なのだ・・・・。
 現在親を介護中で、危うくキレかかった元女優が語った「とにかく一緒に暮らして介護している自分は『逃れる』ということができない」と言う言葉がすべてを表していた。

 と、ここで、昔は家族が多かったから、介護が必要になっても家族みんなで手分けしてたのよねえ。と、ノスタルジーに浸る人がいる。
 確かにそういうケースは多かったでしょう。自分もそう思っていたけど、はたしてそうか?まず第一に、現在のように脳梗塞やなんかで介護が必要になった人は、その昔だったらそのまま亡くなっていただろう。そして、そういう家族や傷害を持った家族がいた場合、世間から隠すという風習も少なからずあったでしょう。もっと昔なら、乳母捨てや間引きなんてものも風習としてあったのだから、あまりにも懐かしそうな良い場面ばかりをノスタルジックに思い比べて「いい時代だった」というのも考え物では。

 

今度は車いす転倒  2009.5.25

 昨日夕方、神社へ行ったときだった。鳥居下をくぐって帰るときに、車いすの小さい前輪が引っかかり、母親は前方へ投げ出されるように倒れた。投げ出されると言うほどにはオーバーではないけど、バックを抱えていたからか、顔から地面に落ちた。下唇を切り、下の入れ歯を支えていた歯が二本折れ、入れ歯も折れた。口元は血だらけだし、一見おおごとなのである。ま、小ごとではないけど、歯が折れた以外の大けがはない。

 急いで帰って、#7119に電話して、日曜にやっている歯科医を教えてもらおうとした。が、相変わらずこの番号は話し中のオンパレード。仕方なく119へかけて#7119がかからないのだけど、というと、どうも“ある電話”からだとかからない事があるらしい。普通は呼び出し音のまま次々につなぐのだと。でもうちは固定電話も携帯もどちらも話し中になる。それで同じ所への別の番号を教えてもらってつながった。
 とにかく、駒沢の方の歯科医を教えてもらって急いでタクシーで行き、応急処置ととりあえずの入れ歯の修理をしてもらった。後は、毎月往診に来ている歯科医に急遽本日来てもらった。ま、一安心である。

 一安心でないのは自分自身だったり。
 今朝も朝食時に、怪我をしたのは「あんたがやったから」と言われ、キレた。もちろん、暴力をふるわれたという意味ではなく、あんたがちゃんと車いすを押さないから、という意味なのだけど、やはりキレる。本当に殴り殺してやろうという殺意まではいかないけど、殴りたくなる。実際にやったのは、机を思い切り叩いただけだけど、机を蹴ってひっくり返さなかっただけでも冷静だったと思う。その後に母親が「すみませんね、すみませんね」と卑屈になると、これまたキレそうになるのも困ったことなのだ。
 夕方、歯科医が帰った後も「あんたがやったから」と言われ、かなりキレた。手は出さなかったが、ぶったたいてストレスの不平不満を投げかけたかったほどなのである。

 今日来たヘルパーさんは、人間なんですから我慢にも限度があるでしょ。時々ぶってもいいんですよ、と言った。もちろんぶつのであって殴るのではない^^;
 認知症だと子供と同じでしかって欲しい部分もあったりするし、言いたいことはどんどん言わないと、本当の親子なんだし。と。
こちらとしては、そうなったとき、逆に卑屈に成られてもすごくやりにくいのだが。

 確かにこちらは職業として介護しているわけではなく、逃げられない状態の家族介護なので、いくらかは非介護者に対して度が過ぎてもしょうがない部分というのはある。叩く、暴言を吐く、などはその一つ。叩いたことはないが。でも、自分なりに絶対にタブーにしているルールはある。小脳梗塞なので、運動部分がダメになっていて、動きは悪い。そして老い先は短いし、自分一人では出来ないことがたくさんある。なので、母親自身が「呆けてしまっている」「じゃ、死んでしまいなさい」などの類のことを言わない。
 当たり前なのだけど、普通の人に言う以上にタブーにしなければいけないと思っている。でも、腹が立ってたって言いたくなるときがあって、言ってしまうこともある。そのときは、本人に向かわずに早口などで本人には聞き取れないようにしたりする^^;

 この類の話は、ヘルパーさんや介護経験者はほぼ全て理解してくれる。ただ不思議に介護が終わった人とは食い違う部分もある。
正直言って、早く介護から解放して欲しい。でも、介護経験者から「もっとああしてあげれば良かった、とか思うよ」と言われることが多い。それはよくわかっている。頭では。でも、前にも書いたと思うけど、本当にそう思える人は、すでに介護から解放されてそう思える心の余裕が出来ているからなのをわかっていない場合が多かったりする。

夜の気分転換  2009.5.25

 今夜も本当は行きたかったんだけど、抱えているイラスト仕事を仕上げたので我慢した。(締め切りまで1ヶ月もあるのだけど、やる気になってたから)

 母親はだいたい9時にベッドに入る。テレビを見ながら寝るのである。
 先日、どうしてもジンジャエールが飲みたくなって、自転車で自販機を探しに行った。ジンジャエールは意外に売ってるところは少ない。9時にベッドに入るといっても、何時ナースコールがなるかわかったものではないのである。それに、30分もたたずに朝と間違えて着替えて起きようとウロウロし出すこともある。なので、ベッドに入ってくれたからと言って、家を空けることなど出来ないのである。でも、せいぜい5~10分くらいなら大丈夫だろうし、もしその間に一大事があったら、もうそれは運命と思ってもらうしか無いだろう、と割り切って出た。

 自分は今流行りすぎているロードレーサーバイクというチャリに乗っている。いわゆるドロップハンドルのやつである。でも正しく乗っている人はほとんど見かけないし、なんちゃってロードバイクが大半である。正しいフォームや乗り方はもちろん、マナーも含めて。普段は昼間しか乗らないので、ライトをつけていない。簡単に取り外しができるやつなので、それを取り付けて本当に久々に夜の街へ出た。

 むっっっっっっっっっっっっっっちゃ!新鮮だった!
 夜の商店街へは行かなかったし、下北の南口商店街はうざったらしいので行く気もなかった。思い当たる住宅街の中の自販機のあるあたりや、静かな所を走っていたのである。
 夜の何ともいえない哀愁、、でもない、、なんというか良い意味でのもの悲しさが好きなのである。なんとなく顔がニヤついて走ってしまったので、見られたら怪しかったかも^^;
 これからは良い季節なので、母上の寝たときの様子や、寝ぼけて起きたり何か呆けうなことがあるか予想して、時々短い時間のサイクリングを楽しんでみようかと。描いてみたい情景もたくさんあった。(普通の絵描きなら「あほか」と絵にもしないだろうけど)

車イス改造大作戦(またか…)  2009.8.3

 母上が外出時に使う車イスは、もちろん介護事業所からのレンタルなのである。買う人もいるから「もちろん」って事もないが。
 介護に必要なものは何でもレンタルできるかというとそんなことはなく、購入しなければ使えないものもある。どうしても必要だけど、こんな高いのを買えってか!というのも結構ある。レンタルだと安く済むのは間違いないが、余計な機能がついて高くつくものもある。
 たとえば介護ベッド。今は普通のベッドを使っているが、退院当初は落ちないように柵つきが必要だった。でも柵だけのベッドや柵を普通のベッドに取り付けるのは難しく、電動式起き上がり機能付きベッドを借りざるを得なかった。柵以外の機能は使わなかったので、非常に高いレンタル代になったのだった。

 さてさて車イスなのだけど、我が家は坂の上にある。まぁ普通の傾斜の坂だとは思うが、車イスなんか押してあがるのにはかなりエネルギーがいる。車イスを押して上がるのはコツがあって、ハンドルの持ち方、自分の体をどう前傾させて体重を預けながら押すかで全然消費エネルギーが違う。それでも冬ならまだ身体が温まって良いけど夏は死ぬ想いなのだ。
 朝散歩に連れ出してほんの20~30分で帰ってきただけでも、こちらは大汗で暑さで体力をかなり取られ、朝イチからもうヘトヘトの状態なのだった。こんな時に電動車イスだったらどんなに楽だろうと何度も思った。
 でも、電動車イスは大きくて重く、しかも本人が操作する自走式のやつしか知らなかった。自走式のやつでさえレンタルでは借りれないと思っていた。自走式は最初から眼中になかったからか、電動式もレンタルできるのを今回初めて知った。
 で、世の中は電動アシスト自転車が花盛りである(言い回しが古いぞ)。車イスもそんなのがあれば楽なのに、と何となく検索してみたら「あった!」。種類は数社から数台しか出ていないのだが、あるにはあり、レンタルしている事業所もある。
 早速、利用中の事業所のレンタル部(福祉用具部)の担当者にメールで、ネットで見つけたアシスト車イスについて問い合わせてみた。どうやら二種類(二社)のアシスト車イスが借りられるようで、数日後に見本を持ってきてもらった。
 電動アシスト自転車を最初に開発したのはヤマハなのだが、アシスト車イスもヤマハともう一社のがレンタルできる。もう一社のはより重量があり、使い勝手や操作安定感にかけ、結局ヤマハのを借りることにした。
 通常の車イスは左右に介助者が握るハンドルがあるが、そこに負荷がかかるとモーターがアシストする仕組みになっている。慣れの問題もあるが、かなりコツはいる。坂道は今までに比べて恐ろしく楽なのだが、意外に平地で普通にまっすぐ進むときにコツが要ったりする。また全体に重くなったので、今まではひょいと簡単に超えた段差を超えるのにもコツがいる。

 ヤマハに決めた理由の一つに、ハンドル位置が5段階に調節できるという点もあった。通常のハンドル位置は自分には低いのである。なのでずっと押していると腰に負担がかかっていたくなってくる。もっと高い位置に調整できるハンドルというのは、通常の車イスには存在しない。おそらくその部分は折りたたみになっているのがほとんどなので、強度との兼ね合いがあるのだろう。
 で、今回のは「5段階」である。楽しみに待っていたのだが、現物に触れて出鼻をくじかれてしまった。一番高い位置が今までの車イスより気持ち低いのである。そこを頂点にもっと低く5段階に調整でき、一番低い位置で折りたたんだと同じ具合になるのだった。おいおいヤマハ、なめとんか。
 押してみるとやはり低すぎる。今までより低いのだからなおさらなのだ。坂道を上がるときは、自分の方が低くなるのでさほどは気にならないが、平地では以前よりしんどくなる。これは自分でハンドルアダプターを開発するしかないじゃないか。(またか・・・)

 レンタルなのでモロに改造するわけにはいかない。本体を傷つけずに取り外しのできるハンドルを開発する必要があるのだ。取り付けられる位置を確認し、どれくらいの高さにしたいかを決め、おおよその青写真を考えたものの、それを実現するための器具がどんなものがあるかわからない。
 とりあえず翌日ハンズに行ってみた。一番大事な本体のハンドルに固定できる器具はどんなものがあるか?なのだが、意外にあっさりと見つかった。何に使うのかさっぱりわからないが、寸法といい欲しいところにねじやボルトがつけられる構造といい「お待ちしておりました」としか思えない^^。
 後は高さを確保するためのネジや固定に必要なものを買った。最初は左右独立したハンドルのつもりだったけど、アシストハンドルの構造上からも、それでは全く安定しないので、真ん中を棒で固定することに。ハンドルや棒は、うちの工作室に適当なものを見つけてあった。それぞれを覆っているテープ上のものは、スポーツサイクルチャリのハンドルに巻き付けるためのテープである。
  本体のハンドルと作ったハンドルは、太くて長いネジとボルトで固定されているが、ネジの途中が見えるのは不細工なので、金属の筒をかぶせてある。スペーサーと言って、通常はあるものを固定するときに幅を確保したいときにネジを通すものである。
 本体のハンドルを挟むゴムを何種類か変えてみたり、何度かの作り直しや調整の結果、ようやくそこそこの見栄えで一応目的にかなうハンドルは完成した。発案後約3日後のことであった。本当はもっと安定して固定したいのだが、それだと取り外しが大変になる。自分だけではなくヘルパーさんも車イスを押すわけで、ヘルパーさんには邪魔になるので。

 しかし、今回作業していて我ながら驚いたのは、作業に必要な道具やちょうど良い大きさや長さのネジやボルト類、その他諸々がすべて部屋にあったということであろうか^^;; ハンドルや棒なんかも他で使ったものの廃材だもんなぁ。ちょうど良い色の塗料スプレーもあったし。

 この近所でも車イスで坂道を押し上げている人を時々見かけるが、皆普通の車イスである。もちろん普通の車イスよりも、このアシスト車イスの方がレンタル代は高い。利用している事業所では、以前の普通のはひと月600円で、アシストは2,600円である。でも特に夏場を考えたら、ひと月2,000円を節約するか自分の命を縮めるかの選択と言っても過言ではにゃい。
 事業所側もあまりレンタル提案時に、アシスト式を考慮に入れてなかったようで、これを機にどんどん薦めて見るそうである。
 利用者はもちろんこんなものがあるのは知らないし、事業所の職員でも、意外に知らなかったりするような、まだまだ開発途上というかマイナーな車イスのようだし。
 この一帯は駅近辺も三軒茶屋方面も、緩やかな坂が多く、助かる人はかなり多いはずなのである。うちの車イスを見て「あんなのがあるんだ!?」と思って借りる人も出てくると思うが、二重に見えたハンドルはなんだったんだ?と思う人も多いかも^^;

 と、話はここで終わりそうな感じなのだが、実は使ってみるとこのアシストは使い勝手が意外に良くない。走行安定性を保ちにくいのだ。おまけにバッテリー使用条件の仕様が非常に甘く、先日の猛暑に坂を二つ越えたらバッテリーが上がってしまった。予想の半分以下で上がったのである。使用条件仕様を見ると「常温25度、連続平坦路、時速4km」の条件で8km走行可能と書いてある。なんだと?それならアシストがいらんだろ。猛暑や厳冬で負荷をかける条件だと、あっという間にバッテリーが上がる可能性が高いのだ。
 というわけで、ボツにしたもう一社のを持ってきてもらって、数日二つを使い比べることになった。おそらくそちらに変更するだろう。そちらの方が重いのだが、使い勝手は良く小回りもききやすい。バッテリーの保ちもほんのちょっとよいような。(レンタル料も数百円安い) 先日持ってきた時は、平地で走るときにエンジンブレーキがかかってしまうと言う不具合のあるものだったので、印象も悪かったのだった。

 つまりこの、アシスト用のアシストハンドルの制作は無駄に終わったのだった。むぅ~、ざんねんだが、結局自分が作って楽しんでいたのだから、充分役割は果たしたような(何の役割だ?) でも、変更するもう一方は形はごく普通の車イスなので、やはりちょいハンドル位置は低い。意地でもなんかハンドルを付け足したくなっているのだった^^
 使い勝手などは、今までとの重量差の関係もあり徐々に慣れていくしかないと思われ。

【追伸】
しか~~しだ!その替わりのアシスト車イス、実際に使ってみると思ったほど良くない。自重が重いのでパワーが足らない感じがするし、詳細は省略するが、本来の車イスにはついていない補助車輪が決定的に邪魔で、簡単な段差を超えることができなかったりと、非常に扱いづらかったのだ。というわけで、やっぱりヤマハに戻ることになり、やっぱりハンドルを何とかせねば^^;;

【追伸2】
で、結局左右独立の付けハンドルになった。この方が作るのもつけるのも操作も楽だし、手前に角度をつけられるのがなお良い。段差を押し上げるときなどの全体の重量を支えるときには使えないが、通常の補助には充分である。

【追伸3】
 2バージョン目はそれなりに良かったが、細部の金属同士は溶接ではなく、最強力接着剤(エポキシ接着剤)で固めるしかなかったので、次第にはがれたりしてきて不安定に。
 思いついて、余っているチャリのハンドル(ドロップハンドル)が使えるのでは?と思ったら、左右の幅がピッタリ!もうこれしかやりようがない。(と、いいつつ、また次がある悪寒も)


 

タクシーに忘れ物  2009.8.14

 今日は母上の月一回の通院日。約1200円の距離をタクシーで行くのであった。何しろただでさえ電車やバスは車イスで不便なのに、そういう公共交通で行くには実に不便な場所にある三宿病院なのだった。

 先日来、車イスはヤマハの電動アシスト車イスを使用している。乗っている本人ではなく、介助者の負荷に応じてアシストする、アシスト自転車の車イス版である。通常ほとんどの車イスは折りたたんで車のトランクに入れることができる。
 この車イスも折りたためるのだが、折りたたみ方が実に面倒で不細工なやり方。そのときにはバッテリーも外さないといけないのだが、家に帰って10分後くらいにバッテリーが無いことに気づいた。タクシーに忘れてきたのである。
 タクシーの会社名なんか覚えてないので、そういうときはどうするのか?とネットで検索してみた。検索しながら、領収書を受け取っていたことを思い出し、会社に連絡。会社からタクシーに無線で連絡が行き、わずか10分で家まで届けてくれた。
 乗ってるときから親切な運転手さんであったが、当然なことをしたという感じで持ってきた。
「戻ってきた走行分をお支払いしますから」というと
「いやいや、大丈夫ですよ^^」という。
ま、普通はそうでしょう。受け取るつもりで、引き返す段階からメーターを倒してくる運転手もいないだろうし。

「いや、やっぱりそれではこちらの気も済まないし」
「いやいや、本当に気にしないでください」
「いや~、江戸っ子が言い出した言葉を引っ込められるか。受け取れったら受け取れよ」
「こちとらも江戸っ子でぇ。あっしぁ、そんな当然なことをしただけで、はした金を受け取るなんてできねえタチでな」
「強情なやつだな。受け取るまではここを一歩も動かねぇぞ。」
「自分ちの門の前で何言ってやがル。動かなくてもこちとら痛くもかゆくもねえや」

 という会話にはならなかったが、運転手さんは乗ってるときと同じ愛想の良さで去って行かれました。感謝。

母上のショートステイ 1/3  2009.9.7

 何度か書いてきたけど、介護している母親をデイサービスに行かせることがうまくいかなかったりで、なかなか自分が休めることができなかった。介護を始めて8年になるが、途中数日母が別件で入院することがあったときも、連れて行ったり、入院中も様子を見に行ったり、また連れて帰ったりで、結局完全に解放されたという日は一日として無かったのだった。そしてその入院していた数日も、病院へ短時間様子を見に行く以外は自由だから、のびのびできるかと思ったら、いままで我慢していた疲れが一気に吹き出して、ほぼ家でダウンしていたのだった。
 介護の中身だけを見たら、さほどの事をしているわけではないのだが、精神的には相当きつい。普通の男だったら、料理と家事だけでかなり大変なのだろうけど。はっきり言って介護のつらさは経験した者しか絶対にわからない。いつまで続くのかも見当がつかないし、長くなればなるほど状況は悪くなる一方のはずなのだ。だから、一緒に住んでいない肉親でも、なかなか本当のつらさや大変さを理解も協力もしてもらえない人がほとんどのようです。お世話になっている知人は、重度の認知症の父親を介護していて、別に住んでいる兄弟はつらさを理解してくれず、たいした協力もしてもらえず鬱になってしまい「死にたい」とマジで思ったそうな。自分も長期間にわたるストレスを背負ってきて、軽い介護鬱くらいにはなっているのかも、と思ったりしていた。でも、今通っている心療内科の先生の見立てでは自分には鬱の気は全くないということだった^^;; 確かに「死んでたまるか。鬱なんかになってられるか」とは思ってるもんなぁ。

 さてさて、さすがに1日も解放されない日々が8年も続くと、ある面精神的な限界を感じるようになってきた。母親が惚けた言動をとったり、わがままや腹の立つことを言ったときに、認知症なのだからと軽く受け流すという余裕が無くなってくるのだ。介護殺人や虐待のニュースを見る度に、いつ自分も当事者になってもおかしくない、とは長く介護している介護家族はたいてい思うのだが、自分もだんだん声を荒げて怒ることが増えてきて、いつ母を蹴ったり車イスをひっくり返してもおかしくないと強く感じるのだ。
 これは、いま心療内科から処方してもらっている薬が抗不安剤なのだが、通常の精神安定剤までは必要なくて、これを処方してくれているらしい。この抗不安剤は、身体の緊張を和らげる効果があり、それによって不安感を和らげる。そのため、以前なら怒るのを我慢していたことでも、その我慢の緊張感が薄くなっているために怒ることが増えたのではないかと感じたり。寝付きが良くなったり、肩こりなどもほとんど無くなったのはこの薬のせいだと思うので、それも大いに助かっている。

 いま、我が家を担当しているケアマネージャーは他にないくらいに親身にやってくれるのだが、先月、認知症外来を利用することを教えてくれた。
 母は脳梗塞で入院して脳外科にかかり、毎月脳外科に通院しているのだが、脳外科は認知症の専門家ではない。でも、そんなことはこちらはしらないから、認知症の進行具合とかを先生に時々伝えたりして、まかせればそれで良いのだと思っていた。でも実情は、認知症の専門家は別の方面であり、脳外科の先生は認知症に関してはその方面の専門へ行くことを薦めてくれることはないのである。個人個人の医師のプライドの問題のようだ。世の役に立たないプライドですな。
 認知症外来を受診して短期入院させることができれば、自分が休めることができるので、受診させることにした。デイホームやショートステイは母は絶対に受け付けないが、医者なら問題はないのである。なんだかんだと理由をつけ、脳外科の先生がケアマネが見繕った認知症外来病院を紹介するという形を取ってもらった。紹介状なども必要なのだが、意外なほどに脳外科の担当の先生は積極的にあらゆる母に関する資料までつけて紹介状を用意し、認知症外来をうけることを優しく諭してくれた。プライドでそういう方面を今まで紹介しなかったのかどうかは知らないが、実は何人か変わった担当医師の中では最もまともで信頼できる先生なのである。

 ということで、認知症外来のある病院へ連れて行ってみた・・・。しかし、、、、とても入院させることはできないと思った。
 まず正式(?)な先生が診療する前に、研修医学生が問診をするのだが、これがまるでなっていない。「認知症患者とその家族」というものに対する配慮がゼロなのである。母は重度の認知症ではないから、普通に話しているとそれほどおかしいところはないように見える。話し続けるとつじつまの合わない事だらけになるが。でも、いくらなんでもその本人を前にして、今日はなぜここに来たのか、認知症に関してどんな問題があるか、家族はどう困っているのか、を本人を交えて問診するバカがいるだろうか?まず患者を抜きにして家族だけでないと話せないことばかりなのに。途中で軽く指摘したのだが、研修医はちゃんとその問題を理解しないようなので、同席していたケアマネと自分で同時に「本人はなぜここに連れてこられているのかもよくわかっていないのに、しかも本人に聞かせたくないことも、なぜ答えられると思うのか」と注意した。そこでやっと過ちを理解したらしく、ケアマネに母を待合室に連れて行ってもらい、自分と研修医での話し合いになった。研修医は若い女の子で、我々から注意を受けた段階からオロオロしてしまっていた。そして非礼をわび、「もし私ではない方がよろしければ、担当を交代いたしますが」と半ば泣きそうな雰囲気を漂わせて言った。
 「あなたはまだ勉強中で、認知症がどういうものか、認知症家族がどういう心境なのかは全然わからないのだとおもいます。勉強の場は必要だけど、そういう基本的なことをまだわかっていないあなたではこちらも不安なので、申し訳ないけど交代してください」と言った。おそらく将来は、相手の痛みのわかる良い医師になる気持ちをもった人だとは思った。でも、こちらは医師として育つのを手伝おうと言うほどの気持ちの余裕は今はないのである。

 で、今度は男の研修医に変わった。慣れている雰囲気で質問してくる。メモの取り方が簡単すぎたり、ペンを動かしていないときもあるので、大丈夫なのか?と思ったが。
 母を交える問診の前に、なぜ正式な担当医と会う前にこんな段階が必要なのか?と聞いた。直接先生が問診する方が間違いがないのではないか?と思うからだ。研修医が未熟な技量や気持ちで事前問診しても伝言ゲームのような事態だって考えられるから。
 それに対しては、なにやらシステム的なことだったか必要性を説かれたけど、納得できる説明ではなかったので忘れた。
 さてさて、その男の研修医が一通り家族である自分から事情を聞いた後に、母を部屋に招き入れて問診が始まった。約20項目はあろうかという問診を矢継ぎ早に繰り出した。母上は当然、狭い問診室に入れられて上から目線の研修医に質問されるだけで萎縮している。それでもかまわずに研修医は自分のペースで問診を続ける。認知症が進んで直前のことでも忘れやすくなった母だが、意外に計算は速かったりする。認知症の問診ではよく「100-7はいくつ?」と次々に7を引いていく計算が使われる。いつもの行き慣れた脳外科だと、長くても3~4秒以内に正確な計算結果を答える。しかし、このときは全く答えられなかった。研修医は計算能力は無くなっていると判断したようだった。顔を手で覆ったりオロオロしたりして、明らかに母が萎縮しているのは誰が見てもわかるのに、それを気遣う様子は全くない。まともな医者なら「ちょっと緊張しちゃってるかな?」とかなんとか平静に戻してあげようとするものだが、そんなもののかけらもなく至ってマイペースで慣れた問診をぶつけてくるのだった。
 一通りの問診が終わった後「普段はさっきの計算は即座に答えられますよ。萎縮しちゃってるんですよ」と告げると、研修医はとても意外そうな顔をして「そうなんですか?ではもういちど」と先ほどの計算をさせると、今度は多少まごつくものの、ちゃんと正解を答えた。最初の女の子の研修医は亀ペースながら良い医師になると感じたが、こちらの男はまともな医者になれるまでに、どれだけ多くの患者や家族を傷つけるだろう、と思ったのだった。

 最初の研修医も後の研修医も、患者や家族に対する気遣いが全くみられないと言うことは、現代の若い医学生の問題というよりは、そういう一番大事な基本を全く教えていないということなのではないのか?
 案の定、本番の先生(その方面では名医らしい)の診療でも高飛車な感じもあり、もちょっと患者本人がいることを考えてこちらに質問したらどうなんだ?と言う感じだった。病院自体が重度の認知症患者が多いので、そちらのほうに慣れてしまっているのだろうか。

 入院に関しては、基本的にはショートステイなどの施設ではなくあくまで治療施設としての入院なので、それを基本にして、最低一週間から一ヶ月ということだった。自分としては二泊三日くらいが良いと思っていた。一週間でも家を離れたら、帰宅したときにトイレの場所とか普段の生活のことをたくさん忘れて、かえって大変になってしまうんじゃないかと思っていたからだ。でも、先生は一ヶ月でもそういう問題はなくて、帰ると元にもどりますよ、と言っていた。確かに8年前に3ヶ月入院したときは、入院中は完全に惚けてしまっていたが、帰ったら元に戻っていて驚いたことはある。でも、今度は認知症が入っているのだから、どこまでそれを信じて良いのか。・・・

 で、とにかく入院病棟を見学することになった。驚いた。いきなり廊下の“この先が病棟”という区切られたドアには窓に鉄格子が入っていて、鍵がかかっているのである。中へ入ると、広々とした中央広間があり、患者たちが思い思いに座っているが、見る限りかなり重度の認知症患者が多かった。案内してくれた人が今回の病院関係者の中ではもっとも普通の感覚の人で、正確にこの病棟の事を説明してくれた。重度の患者が多いので、トラブルも多い。患者同士でもめてパンチが飛んでくることもある。入れ歯が無くなっていると思ったら、他の患者が自分の入れ歯に重ねてつけていたこともある。もちろん奇声を発している患者もいる。認知症の程度はいろいろあるはずだが、ごちゃ混ぜなのか?と聞くと、一応ナースステーションに近い方から重度の患者の部屋になっているけど、各部屋は出入り自由になっていると。案内してくれた人は、一応ウエイティングリストに入れておくけど、お母さんの様子(状態)を見るとここに入院するのは厳しい(不適当で本人がかわいそう)ように見えるから、よく考えてくださいね」と言ってくれた。先に診察した担当医は、一週間でも一ヶ月でもかまわず入院させようとしていたのだが。
 ケアマネも、病院全体の患者への配慮のなさと、入院施設が症状別(重度別)になっていないことに失望していた。当然、こちらの考えとしてもここへの入院は絶対駄目だという結論に。もっと重度認知症になってしまって、自分自身がわけがわからないようになってしまったらしょうがないけど、今の母をここに入院させるのは監獄に入れるようなもので、とてもできない。入院させる一番の目的は、母親の治療ではなく僕が休めるようにするためではあるが。

 いろいろ検討した末、ショートステイを利用する方向になった。一応今まで通っていたところではない病院へ行って医師の診察を受けたことは母親も理解している。その上で先生が数日入院した方が良いと言っていた、と言えばそれなりに納得するのである。最初からショートステイだと、なぜそんなところへ連れて行かれねばならないのか納得してくれないが、「一日くらい入院しなさいって言ってたよ」と言うと、意外にも抵抗感を示さなかった。入院なんて冗談じゃないという感じはあったが「一日くらいならねえ」と。実際は一日だと、連れて行った次の日に連れて帰ることになり、利用するよりもこちらは疲れてしまう。自由になるのはその夜だけで、寝るだけだからだ。ま、それでも全くないよりはましだが。なので、二泊三日を基本にする方針だけど、本人には1日入院と感覚は変わらない。ショートステイを利用するまでに数週間かかるので、忘れて突然入院しろと言われたと思わないように、毎日そのことを刷り込んでいる。加えて、毎月一日くらい入院しなさいと先生は言っているよ、と刷り込んでいる。^^;
 さて、利用がうまくいくかどうかはまたいずれご報告を。^^;


アルコールフリービール  2009.9.28

 最近、アルコールゼロのビールがかなり売れているらしい。先行のキリンがかなり売れたので、アサヒなど二社が追随するとか。
 うちの母上はビールが好きなのである。お酒には弱いけどなぜかビールが好きなのだ。ま、女に多いパターンですな。「(お酒は)弱いけど好きなの~」ってのが^^。で、毎週日曜にだけ飲ませている。と言っても350mlの缶を二人で分けて飲んでいるので、当人には小振りのコップ一杯である。10mlほどは仏壇の父上の元へ。
 それでもそれなりに酔いは回るようで、あるとき飲んで1時間後くらいに母上の気分が沈んでいた。介護する側にとって相手の精神状態が下降気味というのはやっかいでたまらないのだ。
 そんなとき、ノンアルコールビールのことを思い出した。そもそもは高速道路のパーキングエリアで大々的に売り出す作戦だったか、とにかく同乗者は飲んでいるのに運転者が飲めない欲求不満解消ドリンクといった位置づけか。で、それがとても売れているという。おまけにお酒ではないのに酒税がかからず、売る方も利益率は高い。
 気になったのは、新聞でその記事を読んだとき、そのキリンが売り出したモノが「世界初のノンアルコールビール」と書いてあった点だった。だって、かつてタカラ酒造が「バービカン」というノンアルコールビールを売り出していたではないか。矢沢永吉をCMに起用して「車がお呼び」というかっこいいCMだった。確か25年くらい前だったと思うが。ノンアルコールだけどビールと同じ味という画期的な発売だったと記憶している。飲んだことはないが、決して上手いモノではないという感想は聞いたが。

 それで今回盛り上がっているノンアルコールビールを母親にビールとして飲ませることにした。飲んでみた。・・・まずい;;;; 母上はそんなことも知らないのでビールを飲んでいるつもりだし、細かい味の違いまではもうわからなくなっているようで、おいしく飲んでいたようである。でも自分的にはまずい。ビールは苦みが大きなうまみの要素なのだが、ノンアルコールビールはただ苦い。なんというか苦い果汁に炭酸をくっつけて、妙にそれがアンバランスなだけの飲み物にしか感じない。でも大評判で売れているというのは、それでも運転者が飲めるというから、せめて気分だけでもということなのか??二社が追随していると書いたが、アサヒのが店頭にあったので期待して買ってみた。・・・・ほぼ同じ味でやっぱりまずい;;;
 料理などと一緒に飲めばそれなりに飲めるけど、これだけを1本飲めと言われたら半分でも~結構という感じか。もう一社(サッポロ?)が出るはずなので、期待したいがなんとなく結果が見えてるな。

 今日、アメリカのビールでアルコール度数0.3%というのがあったので買ってみた。こちらはそれなりに飲めた。正直美味くはないが上記のノンアルコールよりはまだ美味い。ビールではなく、それに近い他の飲み物のつもりで飲めば充分飲料に耐える。主成分などはよく見ていないが、どちらも無理にビール味に近づけようとしているためにいろいろな混ぜモノをしているのだが、どちらも果汁的な甘苦さを感じる。
 そんなことを書きながら「タカラ・バービカンン」を検索したら、かなりビールに近いおいしさだという評判がネットにある。ダメ元で試してみるかな。でも、売ってあるのを見たこと無いんだけど・・・。

【追記】サッポロもアルコールフリービールが出たので飲んでみた。アサヒ、キリンと何の代わり映えもしなかった^^;;

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