2001年から2010年まで9年弱に渡って母上を介護して、その後5年狭山の介護病院でお世話になりました。

小脳梗塞(しょうのうこうそく)

 2001年ニューヨーク無差別テロが発生した9.11の3ヶ月前。6月頭のことだった。うちは母と二人暮らしだったのだが、夜中に母上がうめきながらトイレに行く声が聞こえた。そしてドタッと倒れる音。
 倒れるときに壁紙に頬をこすったらしく赤くすりむけていた。そして言葉がしどろもどろになっている。たぶんその状態でもトイレに行きたがっていたからだったか、2メートル先のトイレに連れて行き座らせた。その間も頭の中が廻っている状態のようだった。倒れた時点で半分近くを失禁していたが、トイレに座って終わった後も身体の自由がきかないようで「お尻も拭けないの;;)」と嘆いていた。
 とにかく救急車を呼ぶことにして、時刻は日付が変わっていたが、隣に住む叔母に電話して手伝ってもらうことに。
 救急車を呼ぶことは数回あったので、出発のための準備にはさほど慌てることは無かった。問題はどこへ連れていて行かれるかだった。幸いなことに絶対に連れて行くのをやめて欲しいある病院は避けることができ(頼んだからではなく、病院側が受け入れできない状態だったので)、三宿にある三宿病院に搬送された。

 幾つもの検査を経てわかったことは「脳梗塞」だった。部位は小脳で「小脳梗塞」と呼ばれる。一般に運動神経を司る部位である。MRIを見ると「過去にも幾つも脳梗塞を起こしてますね」という。小さい脳梗塞で普通は具合が悪いと自分で思う程度で見逃されてしまう場合が多いという。
 もちろん入院することになったのだが、いろいろな検査や手続きなどで帰る頃には夜が明けかかっていた。
 その日から3ヶ月の入院と、途中何度かの一時帰宅(一泊)などを経て長い介護生活が始まることになった。

 これ以降の項の日付は2002年9月から始まっていて、介護を初めて1年が過ぎている。この間は介護に関しては何も書いていなかった。

 と、思っていたらなぜなのか気がついた。介護を始めてからHPを作って、2002年の7月からHPを公開している。だからそれ以前に書いていなくて当然なのだった^^;;

鉛筆回し  2002.9.15

 鉛筆やシャープペンを、軽く握っている状態から、中指や人差し指の周りでクルクル回すやつです。これが一般化というか、みんながやるようになったのは、自分が中学生のころだったと思います。それまでにも、そういうことをやっていた時代があったのかどうかはわかりません。授業を聞きながら、みんな一生懸命練習していた記憶があります。ちなみに自分は、ほとんど練習しなかったし、今もできません。なぜか、まったく興味がなかった。うまく出来そうもなくて、やめたような記憶も。

 学生のうちはいいんです、別に。ただ、いい大人になっても「人前で」やっている人を見ると、軽薄そうに見えるのですが。これを読んでいる方でも、日ごろ無意識にでもやってしまう人は多いでしょう?一人のときはいいけど、人前でやるのはやめた方がいいと思います。

 毎月一回、母上を病院の脳神経外科に連れて行くのですが、最初のうちは外科にもかかっていました。(入院中に、夜中に勝手に歩いて、転倒骨折したのだ)若い外科の担当医が、斜めに机に向かう姿勢で、カルテとにらめっこしながら、こちらの話を聞いている。その手に持っているペンを、ひっきりなしにクルクルと往復させている。
  はっきり言って、信頼性が疑われるし、患者を軽く診ているように感じる。本人は、そんなことはなく、癖というか無意識にまわしているのだとは思う。でも、受ける印象が悪いのは請け合いだ。

 先日、近所の古本屋に本を売りに行ったときのこと。金額が決定し、こちらの身元を書いているときに、それを見ながら店員が鉛筆をクルクルクルクルまわしている。その場でぶん殴り倒したい衝動に駆られた。ものすごく馬鹿にして、見下ろされているような印象を受けるのだ。この場合も、別にそういう悪気があるわけではなく、「クセ」なのだと思う。

 でも、はっきり言って悪いクセです。人前でやっていいクセではないし、やるべきではないと思うのだ。状況によっては、人間性を疑われるかもしれないと思うのは、大げさだろうか?

介護虐待  2003.7.30

 介護問題もいろいろと吹き出していますが、最近は非介護者である高齢者への虐待が問題になっている。親を介護する子供が、ろくに面倒も見ないばかりか、暴力をふるったり、食事を満足に与えない、おむつを交換しない、などなどの介護虐待を加えているというのだ。ヘルパーさんが訪問している場合でも、どうにも対処のしようがないケースが多いという。
 そこで今度は、高齢者への虐待防止に関する法律を作るらしい。児童虐待や、配偶者間虐待(DV)を防止する法律はあるけど、高齢者虐待に関する法律はなかったのだ。

 率直な感想は、そんなことまで法律で防止しなければならないものなのか・・・・。という感じですねえ。法律化するというのは、罰則を決めるという意味合いが強いのだろうけど、こうなってくるといくつの法律が必要になってくるのだろう?
  家族による介護虐待の場合、介護ストレスの果てに虐待をしてしまう場合もある。これは倫理観の問題ではなく、実際に介護を経験した者ではないとわからないと思う。そういう場合は、法律で規制しても無意味で、それ以前に家庭介護をどうするべきかを社会として考えないといけない。

 以前、弁護士から裁判のテクニックというのを聞いたことがある。まず絶対に嘘をついてはいけない。嘘をつかないで、いかに自分に有利な証言をする(または引き出す)かがポイントだと。聞かれないことを言う必要はないので、負けにつながるようなポイントからはズラさなければならない。言わないというのは、嘘をついているわけではないので、かまわないのだ。弁護士という職業は、唯一法律の中で「正義を実現する」という文章が表されている。でも、裁判というのはあくまで駆け引きであって、絶対にクロであっても、いかに白にするかの勝負の場でもあるのだ。
 そんなものなのか、と思った。だから、本来はクロに間違いはなくても、勝訴に持ち込むこともできるのかと。(もちろん真実を追究する場でもあるのは間違いないが。)
 日本もアメリカのように訴訟天国(地獄?)に向かっていくのだろうか?夫婦げんかや些細な争いまでも裁判に持ち込むような愚かな社会に。

 

バリアフリー化大作戦  2003.11.26

 2年前に母上さんが小脳梗塞で倒れ入院をしていた時のこと。退院に伴って、家の中に手すりを付けたり、2階だった寝室を1階にする必要が出てきた。1階の洋室を新しい寝室にすることにした。
 さて、そのためにいろいろと迎える準備をする必要があった。かっこよく言うと1階の洋室はフローリングなのだが、板の間の洋室なので、それではなんかイマイチという気がして、和風もどきにした方が気持ちがいいんじゃないかと思った。それで、板の間の上に畳を敷き詰めるのはいいんじゃないかと。

 何でもないときには時々畳屋を見かけるのだが、いざ探そうとするとどこにあるのかわからない。商店街中を巡って、はずれの方にやっと畳屋を見つけた。
 事情を説明し、畳を作って欲しいと言ったのだが、店主が一言。

「う~ん、、畳は作れるけどね。そういう場合、普通、和室を洋室に作り替えるんじゃないのかな?洋室の方が介護ベッドとか車椅子とかも使いやすいし・・・」

 あれ?・・・なるほど、、、この畳屋、できるな;;;。
 (当然、現在、部屋は洋間のままである^^;;;)

「今朝5時△分頃…」  2004.5.8

 現在は在宅介護中だが、3年ほど前、うちの母親が小脳梗塞で入院していた時のこと。入院して1ヶ月ほど経ちそろそろ退院できる頃だった。
 午前中、外出中にPHSに電話がかかってきた。病院からだった。最初は婦長が取り次いでその後に外科医が出た。入院した課は、外科ではなく脳外科である。

 電話の向こうで外科医が、まるでニュース原稿を読むように告げた。
「入院中の○○さん(母の名)ですが、今朝5時△△分に・・・」
と、そこまで聞いて、瞬間的に「なに?死んだのか?」と思った。言い方からして、どう考えてもそうでしょう。しかし、
「・・・今朝5時△△分に、廊下で転倒して足を骨折されました。」
と言うことだった。

 自力ではちゃんと歩けない状態なので、トイレの時は行き帰りにナースコールをして、看護師さんについてもらうのだが、このときトイレから出る時に中からナースコールをせずに、勝手に帰ろうとして転倒したらしい。
 電話はその報告と手術の了解についてだった。しかし、ああいう言い方するか?^^;普通、先に時刻なんか言われたら、死亡時刻と思うだろうに。

 ちなみに骨折したのは股関節部分だが、あの歳で普通に骨の回復を待っていたら寝たきりになって、そのまま歩けなくなってしまうので、骨を補強金具で固定してすぐにでもまた歩行訓練を始められるようにした。本人は未だに、最近は骨折してもギブスをしないのだな、と勘違いしている^^;;。

 

高齢者に冷たい家電製品  2004.6.3

 ここ数年、家電製品を選ぶ時に強く感じることがある。メーカー側はそんなつもりは毛頭無いのだと思うけど、なんだか年々高齢者に優しい家電製品が消滅していっている気がするのだ。

 先日、扇風機を買いに行った。母親が寝室に使っているやつは日立製で、家で一番古いやつで、もう40年は使っているやつだったのだ。自分も使っていたことがある。一時期、父親の仕事の関係でインドネシアに住んでいた時も持って行って使っていたし、その後も持って帰ってきていた。そんな昔の機種でも、首の高さの上下は出来るし、リモコン(もちろんコード付)もあったので、当時ではかなり最先端の扇風機だったと思う。
 昨年あたりはさすがに、時々止まるようになったので、新しいのを買いに行った。最近の扇風機は、国産のものでも異常に安くて軽いので驚いた。
 しかし、だ。どれもこれも、操作盤はとてもシンプル。一見、ボタンなども見やすく使用者にも優しいように見える。ところが、これはとんでもなく使いづらくなっているではないか、と思ったのだ。

 ボタンが少ないのに、昔よりはるかに多機能であると言うことは、ボタンを組み合わせて操作することを意味している。または、内部のコンピューター処理によって、同じボタンに複数の機能を持たせたりしている。
 これは、見栄えはとてもすっきりしているが、使い勝手はとてもわかりにくくなっている。現代の新しい機器を使い慣れている者ならば「こうすればこうなるのだろう」と予想がついて使うことができても、アナログでないとわかりづらい人にとっては、わけがわからないはずなのだ。そういう人にとっては、ひとつの機能にはひとつのボタンで、しかもそれが働いているのかどうかがわかるような、立体的なボタン(いわゆる機械式ボタン)の方が良いはずだろう。自分が考える高齢者に優しい操作盤は、たとえ見栄えはすっきりしていなくても、操作に必要なボタンを羅列したものだと思っている。
 そういうものを探しても、全く見あたらない。ボタンが大きく文字も見やすく高齢者にも優しい、とうたっていた機器があったのだけど、機械には弱くない自分でも、かなり類推しないとどうやって目的の操作をするのかがすぐにはわからなかったりする。

 割合品揃え豊富な、大型家電量販店にも見に行ってみた。さすがに、扇風機だけでも30機はあった。しかし驚いたことに、そのうちタッチパネルでない機械式のボタンは1機だけ。メーカー側でもどんどんこの方式になっているとのこと。機械式ボタンのは、韓国中国製あたりの一番安い、酷使したらこの夏で終わりじゃないのか?というモノだけだった。

 本当に高齢者に優しい家電を作りたかったら、まず基本的な動作だけに絞り、目で見て確認できる昔ながらの押すと引っ込むようなボタンにすればいいと思うのだけど。今のような作り方にした方がコストが抑えられるはわかる。でも、日常の家電機器は、人の使い勝手に合わせるのが筋であって、制作者の思惑に利用者を引きずるのは断じて間違っている。


後日、某大手家電メーカーのサイトを見つけたので、メール連絡し、この項を読んでもらった。それに対する返信文↓

内容の件、非常にごもっともの件、多々ございました。皆さんにご使用いただく際、できるだけ使いやすく、簡単に使用できる商品を開発し、販売させて頂くと言うのは、現在私共が持っておりますテーマでも有りますので、今回頂きましたご意見を技術部門をはじめ他部門にも連絡し商品開発に繋げて参りたいと考えております。今回は非常に有り難うございました。

続・高齢者に冷たい家電製品  2004.8.14

 前回、現在の家電製品はどんどん操作が難しくなり、機械が苦手な高齢者には特に手に負えないだろうと書いた。その後も、どんどんそんな家電製品ばかりが目立つようになった。

 現在の我が家は、建ててから20年くらいになり、エアコン類にガタが来ているモノが多い。んで、2台を換えたのだが、これがまた操作がわかりにくい。
 最近のエアコン類の操作は、すべてリモコンでやるようになっており、本体に操作スイッチはおろか電源スイッチさえない。そのリモコンも、たいていは表面にはカバーがあり、オン・オフのスイッチだけが出ていたりする。カバーを開けると、種々の操作ができるのだが、これが驚いた。よくまぁこんなわかりにくくできるな、、、と。
 ボタン類はすっきりと整理されていて、「見やすい」のだ。でも、タイマーひとつにしても、どういう順序でどのスイッチを押すのかがわからない。前にも書いたけど、じぶんは機械に弱い方ではないつもりである。取扱説明書も、とてもフレンドリーな雰囲気に書かれていて、わかりやすさを強調しているようだけど、こんな操作をみんながやりたいか???と思うモノばかり。
 以前のエアコンは、例えば現在動作中で、このまま寝たい時に何時間後に消える、という操作ができた。ところが新しいモノは、そういうモノはすべてプログラム式になっている。プログラムは2種類設定でき、○時にスイッチが入り、×時に消える、という設定ができる。タダそれだけなのだ。(ま、今はそれが普通なので、ほとんどの人には説明するまでもないのだろうけど。)今動作中のやつが何時に消えるようにしたいというのはできない。
 なんでだ??と業者に聞いたが、今はみんなそうなってしまっていて、一社がやるとみんなそうなってしまうと。だから最初からそういうプログラムを設定しておかないと、寝ている間に消えるという操作はできないようになっている。プログラム式で便利だ、と開発者は考えたのだろうか?もっと臨機応変にユーザーは使いたいもんだ、とは思わなかったのか?

 このプログラムも、なんとか説明書を見て設定できたものの、後日設定を変えようと思ったら、リモコンの操作盤を見ただけでは直感的にはわからない。もう一度取説を見ながらでないとわからなかった。自分が覚えが悪いとか、そういうこととは本質的に違うと思ったのだ。説明書を見ないとわからない家電製品に、どれほどの意味があるのだろうか?説明書を紛失したらお手上げという家庭が、たくさんあるということだろう。

 家でイスに座っている事の多い母親は、足がひどくむくむので、先日、足マッサージ機を買いに行ってみた。このときも、おいおい・・・・の連続である。足浴式のモノはかなり有効で気持ちよさそうだけど、大量のお湯をその都度容器に入れないといけないという。水をお湯にしたり保温する機能は無いという。それもバケツに1杯や2杯ではなかった。足をすっぽり包む方式のやつもあったが、これもかなりかさばり、よほど要領よくやらないとできないだろ!というモノ。どちらも、高額な新製品クラスである。
 で、結局低価格で、足の裏やふくらはぎをマッサージできるモノにした。その中でも最も操作ボタンの少ないモノに。ほとんどはやはり、いくつかのボタンをリレーしてやらなければならず、しかもスイッチを入れると、いつも同じ動き方がデフォルトになっている。昔ながらのボタン式なら、スイッチを切ったりコンセントを抜くと、最後に使った動作になったままだが、今のようにすべてコンピューター制御のモノは、いつもそれがクリアされてしまう。この辺りは、記憶させておけばいいと思うのだが。
 操作ボタンの少ないモノにしたというのは、何度も書いたように、気軽に使おうと思っても至難の業のモノばかりだからだ。使いたいと思った時に、機械に弱かったり新しいことを覚えにくい高齢者には気軽に使えないモノばかりなのだ。

 前回の項で、すべてコンピューター制御にすれば作る方がコスト安く作りやすい、というメリットがあるからだろう、と書いた。でも、改めて考えると、実は開発者は一般の人間が何を望んでいて、どういう風に使うのか?というのが全くわかってないのではないか?と思った。最新機能やデザインが良いものが良いものなのだという錯覚で作っているのか、それともいわゆる専門バカなのか?
 今時は、あらゆるモノの開発設計はパソコン上でやっていると思う。一見それでそれらしいモノが描けても、実際にできるモノは形は同じでも全く違ったりする。パソコンで誰でもいろんな事ができるようになったのは、ある意味では良いことだけど、弊害もある。現実の手作業などでやったこと無いモノ、できないモノをコンピューター上でやってしまい、それでできた、と思いこんでしまうことだ。自分は建築学科出身だけど、まともな本箱の一つも「自分の手」で作ったことのない建築家が、家屋を机上で設計し、まともなモノを作っていると錯覚してしまうのに似ている。紙に描いたものと、実際に建つモノは全く違う。文化財建築の復元で、偉い設計者が設計した図面が、実は現場では全く役に立たず、現場に携わる者が(設計者には告げずに)実際に建てる事ができる図面に描き直すことは少なくない。その場合は、建築家が意図した姿を変えなければならないことも多い。そのままではまともな建築物として建たないからだ。

 ちょいと話しがずれてきたけど、バーチャルな環境が子供に及ぼす弊害はよく言われるが、既に社会で働いている中でも大いに弊害が出ているのは間違いはない。
 自分はパソコンを初めて4~5年になるが、年を追うごとにパソコンを使ってデザインするというモノも増えた。それ以前は、周りは既にワープロやパソコンでバリバリに描いたりレイアウトしていたモノを、ちまちまと紙に描いたり直したりしていたのだ。パソコンでやるようになったら、やはりかなり便利ではある。でも、いつも気をつけていることはある。
 自分の周りにもそういう人を見ることはできるのだが、パソコンを使ってデザインしているようでいて、実はパソコンに使われているケースを多々見る。自分が意図したことをパソコンにやらせているようであって、気づくとパソコンがやれること、もっと言えば、デザインソフトがやることを操作しているだけだったり。
 それは当たり前で、パソコンで出力しようとしている限りは、パソコンに出来ることしかできない。でも、そういう時でも、自分が意図したこととは、どこで折り合いをつけているのか、そのことはちゃんと意識していないといけないとは思っている。
 どうしてもやりたいけど出来ないことだったら、出力したモノを物理的に切り貼りしたりというアナログ的なこともやるし、そこまでやらなくても良いものは、自分の有するソフトとパソコンの限界を理解して折り合いをつけている。
 自分は専門のデザイナーではないので、依頼者が欲するデザインが自分の環境で出来ない時は、その旨をハッキリ告げて、それ相応の人に頼むことを勧めるか、自分のところで出来る範囲で妥協してもらうかをしている。もちろん、その限界の中には、自分がソフトを使いこなせていないと言うモノも含まれている^^;;;;。
 長年、専門のデザイナーをやってこられた方の中には、このような考え方、やり方は相容れない!という人もいるかも知れませんが^^;。

 しかし、最初のテーマとはずれてきてるし・・・^^;;。


【掲示板より】
投稿者:すずめ
投稿日:2004/08/16(Mon) 00:35
ワタクシも、現在はパソコンで仕事しておりますが。所詮道具ですな。
「デザインするのにパソコン使ってる」けど「パソコンでデザインしてる」わけではないです。
私はアナログでの赤ペンで色指定や文字指定を入れていた制作時代が長いもんで。コンピューターにはそれを代わりにやってもらってるに過ぎませんし。
パソコンでやって出来た気になるのは…特にグラフィック系に顕著ですね。
最近の作家はワープロ使うけど、ワープロ使えれば作家になれるとは誰も思わないでしょうに…同じことなんですけどね。

 

ボケのチェック  2004.11.1

 毎月一回、母親を病院の診察に連れて行っている。3年前に起こした小脳梗塞のチェックや、薬をもらうためである。
 以前の担当医は部長先生だったのだけど、人あたりはとても良い。でも、いつも簡単に診るだけで、そもそもちゃんとチェックなどせずに、二言三言の話だけを聞いて「はい、いいですねえ。良かった良かった」だけの数分診療であった。これではちゃんと患者を診ていることになってないし、担当医を変えようかと思っていたら、その先生は病院からいなくなり、担当医は自動的に変わった。
 今度の先生はとても良く、毎回細かく話も聞いてチェックもする。チェックは血圧の他に、ボケが進んだりしてないかというチェックなどだ。現在の季節や日頃の生活の内容、簡単な暗算や記憶テストなどだが、頭はわりとはっきりしている。
 記憶テストでは、いろんな日常品の描かれた1枚のイラストを見せて、その後隠して何があったかを答えさせるものがあった。横で見ていて、こちらも「?」と思うものもある。スプーンのイラストがあったのだけど、瞬時にスプーンだと認識させるにはちょっとイラストがヘタなのだ^^;。ヘタと言っても、病院の職員が描いたものではなく、そういうチェック用のちゃんとしたものなのだけど。最初からスプーンが描いてあると知っていれば、疑いもなくスプーンにしか見えないけど、ただいきなりそれだけを見せられたら、スプーン以外にも見えてしまう。絵というのは現実のものを省略して描くのであって、その省略の仕方は描く人の個性が大きく影響する。だからそういうテストに、リアルでないイラストや絵を用いるのはどうかと思うのだ。

 母は家では普段一日テレビを見ているので、そういうのは頭の刺激に悪いのではないかと思っていたけど、あながちそうでもないようだ。いつも誰かと会話をする機会のある人なら良いけど、そうでなければ何も見ないよりはテレビを見ている方が良いらしい。
 エアコンなどが行き届いた昨今、いつも家にいると今は何月か?ということはもちろん、季節もわからなくなるお年寄りは多いという。テレビを見てると、イヤでも外界の情報が入ってくるので、表の世界とずれるのを防ぐ役割もあるらしい。

 さて、うちの母親は体調が悪くない限りは選挙に行く。何の選挙か把握できて無くても行く。前回も行った。選挙の次の週に病院に行ったのだけど、選挙に行ったことを告げると
「あっそー、それはいいねえ。で、今回の選挙は衆議院だったか参議院のだったかわかる?」単に記憶しているか?ではなく、先生はその選挙が何のための選挙だったか?を理解度チェックの材料にしていた。
ポポポポポポポポ
 そ、そんな質問を判断材料にされたら、タマらん人は多いと思うぞ、きっと^^;;。

 

またまた救急車  2004.12.9

 11月の最後の夜。都合3度目の救急車の要請だった。ベッドに入ってテレビを見ていた母親が、左肩の後ろ(右だったかも)が痛いという。そして、吐きたそうな仕草をするが、吐く様子はない。明らかに、ただ具合が悪いという感じではなかった。
 以前友人に聞いたところでは、どこの女親でも似たようなものらしく、救急車を呼ばれるのは酷くいやがる。特に就寝体勢の場合は「服に着替えられない」とか「近所にみっともない」という理由だったりする。痛いというあたりの背中をさすっていると、少しは楽になったらしく、それでも容態は良いとは言えないので救急車を呼んだ。

 救急隊員は3名だった。搬送するときに持ち手がいくつも付いた布にとりあえず乗せて、その後で担架に乗せるのだが、手が足りないので足の方を持ってくれと言う。訓練された隊員が3名いて、それで老母1人運ぶのに力が足りないというのもよくわからない。3度目ともなるとこちらも落ち着いたもので、とりあえず一刻の猶予も許さない状態ではなさそうだし、救急車が来るまで必要なものは一通りそろえて、戸締まりもしていた。
 搬送されたのはこちらが指定した病院で、脳梗塞で入院しその後も毎月通っている病院である。電話の向こうの119番の担当者は、通常救急搬送では病院の指定は出来ないので、こちらで病院に連絡を取って、受け入れを確認してくれと言う。そんなもんか?それにそこまでこちらにさせるのか?ん~~・・・。救急で担ぎ込んだのは脳梗塞で倒れたそのとき以来だった。

 思ったよりも多くのスタッフがいて、やはりそれほど急を要する状態ではなくなったようで、検査待ちという。当然ちょっとは入院するのかと思ったら、それも検査結果次第だという。他に救急患者もおらず、割合暇そうだった。
 待っている間の廊下はとても暑かった。明らかに過剰に暖房が効いている。上着を脱いでも身体がほてってたまらず、表に出て待っていた。翌日に人と会う約束をキャンセルするメールも出したかったし、こういう時にメールなんぞをしている姿を見られるのもどんなもんか?という事もあった。久しぶりの深夜(と言っても10時前後)の野外であったのでとても新鮮で、しかも夜の病院の敷地内なので、とても静かであった。
 救急入口の看板と大きな赤玉ランプがとてもきれいで、夜の静かでしんみりした雰囲気にとても映えており、なんかとてもいい絵になりそうだなぁ、と思ったけど、さすがに病院関連のそういう風景では、見る人によっていろいろな複雑な思いがあるだろうから、絵にするのは考えもんか、と。^^;

 何度か看護婦さんが連絡にやってきた。小柄でかわいらしくやや浅黒い感じで、経験は浅そうだけどとてもきびきびとしていて、頼りがいが在りそうな子だった。その看護婦と何度か話していても全然気づかなかったのだけど、ある話の時に言葉のイントネーションがおかしいのに気づいた。その時初めて名札を確認すると日本人ではなかった。名前からするとベトナム人のようだ。後から若い男の研修医に彼女のことを聞くと、やはりベトナム人だった。その男の研修医はこの病院に来たばっかりのようで、なんかとても一生懸命で初々しかった。一生懸命こちらにも話しかけて和もうとしているようで、かわいさすら覚えた。^^
「彼女、日本語もバリバリだしベトナム語もしゃべれてすごいですよ」って、ベトナム語は当たり前やろ^^;;。
 彼に暖房の効きすぎのことを聞くと、救急患者にとっては温度の変化、特に冷えるのが良くないので暖房を強くしているのだという。

 ベトナム人看護婦(女医の研修生かもしれないが)とその若い男以外は、とても慣れていて、日常の作業のように落ち着いていた。ただその落ち着き方がなんか良い感じではない。「慣れて」「すれてる」という雰囲気に感じるのだ。

 毎月母親が通っている脳外科と救急室はつながっている。何ヶ月か前だったけど、月イチの通院で待合室に待っているときに救急室に運ばれた患者がいた。しばらくしてその家族らしき女性が入っていき、すぐに大きな声の嗚咽が聞こえた。その後の雰囲気からして、亡くなったと言うことではなさそうだけど、回復の見込みがないということだったのだろう。当然、待合室でその声を聞いた人たちは、深刻な空気を察知したのだけど、その後のスタッフの出入りの様子は、日常の雰囲気そのものだった。笑っているものがいたり、とてもそういう事があったとは思えない感じだった。そのギャップの異様さにとまどい不快感すら覚えた。救急の現場で落ち着いているのと、慣れちゃってるのは全く違うのだ。

 ちなみに母親の症状は、軽い心筋梗塞だった可能性が高い。可能性と書いたのは、心筋梗塞の発作というのはそのときでないとわからないらしい。発作が収まった後では、検査しても数値はすべて正常に戻ってしまっているからとか。ただ、苦しんでいたときの症状から考えると、その可能性はあっただろうと。
 と、言うわけで、発作を起こしたのは夜の9時で、行きは救急車、帰りは11時半にタクシーで元気に帰って来たのだった。その後はいつものように、ベッドでテレビを見ながら寝る体勢だったし、帰りが遅かったので「火曜サスペンス」が終わっていることを残念がっていた^^;;;。

介護度認定審査  2005.11.18

 介護保険を利用していると、年に1回介護度の認定審査がある。うちの母は今回が4回目の認定審査。毎回任意の審査員が1人やってきて、規定の問診などをやって、それを持ち帰り検討して介護度が決まるのである。
 いつもその場に立ち会い、審査のやり方が「なんだかな・・・」と疑問なのだが、今回はちょっとひどかった。一見ひどくはない。でも、立ち会っていて腹が立ってきたのだ。

 本人(母親)や家族(ワタクシ)に向けて、いろいろな質問をしていくのだが、どう見ても本人の尊厳を無視した質問の仕方が多いのだ。介護度認定の場合高齢者が多いので、身体の問題で利用する場合や、いわゆる認知症の場合などがあり、質問事項もそういうのが多い。明らかにこちらのハナシがわからない認知症ならばまだ問題はない。(無くはないが)
 うちの母親の場合、加齢による物忘れのひどさとか、時々の記憶の混濁はあるにしろ、ほとんどは普通である。 質問事項の中に認知症患者を対象にした質問で、例えば「モノが見つからなくて、誰かが盗んだなどの被害妄想になることはありますか?」「突然大声をあげたりしませんか?」などを、本人が目の前にいるのにこちらに平気で聞いてくる。そのほかにも、明らかに惚けの症状で困るであろう状態に関する質問が次々に出る。それ以前にいくらか会話をして、普通に意思の疎通が出来る状態であるというのはもうわかっているのにである。

 本人が話の内容を理解できないくらいの状態なら、おざなりに本人に質問をして、後は家族に聞いてすますのだろうけど、いくらかでも本人の意識がまともな場合、そういう質問の仕方が本人のプライドを傷つけると言うことにまったく無頓着である。また、時々本人には聞かせたくない答えをこちらが返したい場合もあり、その場合もちろん本人が聞いてる場で言えるはずがない。そういうことの繰り返しの審査なのだ。

 しょうがないので、審査中はそれなりに答えておいて、帰り間際に玄関で、本当に答えたい内容などを伝え、加えてその審査の無頓着さを非難した。そういうやり方が本人のプライドを傷つけるというのがわからないのか?もっとやり方を考えてもらわないと困る、などをなるべく穏やかに伝えたのだが、そんなこと初めて気づいたという顔で困惑をしていた。
 今回の担当者は年は60前後で、審査に関わる立場なのだから多くの被介護者に接していて、充分現場のことはわかっているはずであろうに。「本人との審査の前に、ご家族とだけお話をするようにした方がよかったでしょうか?・・・」などと言うのだが、そんなことは当たり前なのだ。

 その日は午前中から絵の教室を行う予定で、あまり時間がなかったのだが「立ち会いの途中で退席されても結構ですよ」などと言っていた。その場合は、本人だけしかいないのに、どうやって普段の状態を正確に審査するつもりだったのか?・・・

 もうじき介護保険関係も大幅に改正され、利用者負担がますますひどくなる模様。なるべく自立できるように云々ときれい事の理由で、利用の仕方を変えさせようとしているが、改正の理由は財政難だからだろうに。素直にお金がないのでそうしてくださいではなく、上辺だけを並べ立てての改正なのだから何をか言わんやなのである。こうなると利用者と共に現場もかわいそうなのだけど、率直に言って何人か関わったケアマネージャーにしても事業所の責任者にしても、介護という職業にプロとしてしっかり従事していると感じられる人はそうはいない。パートかバイトのつもりなのか?という人を多く感じるのである。これでも、介護制度がない時代から比べたら天国なのだろうけど。

 こんな状態の審査で介護度が決まってしまうのである。認定された介護度に不満がある場合は、その旨を訴え出ることが出来る。しかし、同じようなひどい審査の仕方で、多くの誤った被介護者の状態が審査されてしまうであろうことは想像に難くない。もちろん、このようなやり方で誤って出される認定は、実情より軽い介護度である。そのために泣く思いをしている家族が多数いることも想像に難くない。自分の場合は、その場で文句や非難をしたが、それを出来ない人がほとんどだと思われるし、今回の審査員も、そのような「当たり前の指摘」をされたのが初めてであったみたいだったし・・・。。

「当たり前」な忠告  2006.3.10

 母親を介護中であることは時々触れているが、普段誰かにその中での困ったことを言ったり相談したりということはまず無い。ただ、会話の中でそういう話になったときに、ため息の出そうなことを言われることは結構多い。

 表に出るときは車イスでの介助が必要なので、自由に外出と言うことは出来ない。せいぜい僕かヘルパーさんが近所へ連れて行く程度である。デイサービスを利用したことはあるが、施設が小さくあらゆる症状の利用者を一緒くたにしていたため、二度で嫌になって行かなくなった。麻雀が好きなので、駅前にある健康麻雀や老人会でやっている麻雀に連れて行ったことはあるが、せいぜい1~2度で行かなくなる。
 第一の理由は、どこの高齢者もそういう傾向はあるようなのだが、自力で行動できない姿を他人にさらすのが嫌なのだろうと言うこと。そして知ってる人がいないから行きたくないという。
 そういう話をすると、「最初は知ってる人がいないのは当たり前でしょ」とか「あんたが『説得』してちゃんと行くようにしてあげなきゃ」と”忠告”してくれる人がたまにいる。
 正直言って、うんざりしてため息が出そうになる。もちろん言ってくれる人に悪気はなく、善意で忠告してくれているのはわかっている。でも、そんな「当たり前」の事もしないで困ってると思っているのだろうか?そのような当たり前の事をしても駄目だから困っているのである。なので、善意で言っているとわかっていても「そんなバカだと思ってるのか?」「そんな当たり前な事が通用したら苦労しねえよ。」とカチンときてしまうのである。

 知人にも一人で親を介護している人がいて、親はアルツハイマーの気があるので大変なのだが、その人も他人から叱咤されたり「理想論」を語られたりすると「うるさいうるさい!」と心の中で叫んでいるという。
 相手が善意で言ってくれるのはわかっていても、当人はきれい事の理想論どころではなく「現実」で精一杯なのである。

ジェネリック医薬品  2006.4.28

 先日、月に一回の母上の病院通院日だった。いつも朝晩用の5種類の薬が処方されるのだが、担当医が「ジェネリックで代替できるのがあると思うんですが、どうされます?」と聞いてきた。ジェネリック医薬品のCMを見ていると、患者側から医者や薬剤師に問い合わせないといけないような感じなので、こちらから言わないとジェネリックにはならないのかと思っていた。
 んで、代替できる薬はそうしてもらうことにしたのだが、担当医の処方箋でそうなっていると思っていた。しかし、病院近くのその薬局で薬をもらうとき「代替薬になるのも結構あるんですが、そのままでよろしかったんですか?」と言う。どうやら、医者側ではどの薬にジェネリックがあるのかを把握しているわけではなく、薬局で相談する仕組みだったようだ。薬局によってもどのメーカーの代替薬を置いてるのかも違うらしい。それで、そろえた薬をもう一度入れ替えてくれることに。

 担当医も薬局もどちらも丁寧に先方から説明してくれたので、ちょっと安心したのだった。なんとなく、こちらから積極的に言わないと、いつまでも高いままの薬を使うことになるのか?と思っていたし。
 ただ、ジェネリックで安くなるからなんでもバンザイなわけではないようで、同じ成分ではあっても、薬メーカーによって錠剤にするときの固める堅さが違っていて、すなわち溶ける速度が違うと効き方が変わる場合もあるようで。その辺は、患者側が使ってみての判断となるみたい。錠剤の形や色も変わることが多く、高齢者の場合、何種類も飲み分けている場合には混乱する事もあるだろうと思った。そういう場合は、あえて高いまま同じ薬で通すこともあるかと。うちもそうなので、ジェネリックに入れ替えてくれているときに、やっぱりやめようかどうしようかとかなり迷ったのだった。
 ちなみにうちは、5種類の薬のうち4種類がジェネリックになり、全体の値段が半分になった。(1ヶ月分:1400円→700円)
 うちの母親は、薬はなんとか自分で管理できるのだが、やはり見た目が変わったことで混乱した。数ヶ月後、新たにジェネリックで安くできる薬があったとのことで、薬局の方で気を利かせてジェネリックに変えてくれていたものがあった。しかし、やっと新しい薬の見栄えにも慣れたので、もう変えるのはやめてもらったのだった。

介護ストレス1  2006.5.8

 楽観的でさほどこたえてこなかったのだけど、さすがに介護が最近ストレスになってきた。ネットでそういう話し合いの場でもあるかと思ったけど、めぼしいものはあまり無い。介護士としての技量を伸ばしたいとか、儲かる事業所をやりたいとか、サービスを提供する側の情報ばかりで、介護をしている家族側のコミュは良さそうなのがあまり見あたらず、いくつかあってもあまり一般公開するサイトになってなかったり。そういう場を作っている個人サイトは多いらしいのだが、いままで全然気にしていなかったので良くは知らないのだった。日記に公開している人が多いのも知っているが、なんかそういうのをひとつひとつ探して読むのも疲れそうだし。
 元々父親から不整脈を受け継いでいて、先週介護でかなりストレスを感じる状態があったため、なんか胸も苦しい感じで呼吸も重く、気も滅入り胃も痛くなってきたり。精神的なものだけではなく身体に異常が出てくるようじゃヤバいかな、と今度は心療内科をあれこれ探してみた。よく知らなかったのだが、こういうのはおそらく心療内科の守備範囲なのだろうと。一番辛かった5月3日、本当に巡り合わせが悪いというかいつもそういうタイミングというか、どの医療機関も連休に突入した日だったのだ^^;;。気のせいではなくハッキリと胸に違和感を感じていて明らかにストレスと結びついているという自覚もあったので、どうにかしたいと思っていたのだ。

 心療内科関係をネットであさってみると、自分の状態を自己診断出来る問診を用意しているところがあった。興味半分でさほど期待はせずやってみた。睡眠の質が悪いとか食欲がないとか、そういう類の自覚症状の項目があるのだが、そのほとんどは自分はなんの問題も無かったり^^;。ただ、呼吸が窮屈で胸(心臓部)に違和感を感じ、気が滅入り不安感が大きかったのだ。そして若干の神経性胃炎(?)。夜は普通に眠れるし、食欲もほとんど問題はない。まぁちょっとのどに通りにくく感じることはないでもない。それ以前(1ヶ月ほど前)から、舌に口内炎のようなものがやたらに出来たり消えたりして、口腔外科では「胃が荒れているようだ」と胃薬をくれたりしていた。んでも、胃薬でストレスは治らないだろうし。

経験者で無いと意外に気づかないケースもあるようなのだが、何が不安かというと、介護というのはいつまで続くのかまったく予想が出来ないという不安が大きいのだ。もちろん人手や経済的な不安が大きいケースも多いし。たまに、介護と子育てを混同する人がいる。親が子供をみるのと、子供が親をみるのと、立場が逆転しただけみたいな。こういう人の大いなる勘違いは、子育てはまず喜びが原点にあり、なおかつ大概の場合は先が見通せるということをわかっていない。

 昔は、ちょっとしたことで胃が痛くなることもあり、この介護をしている間、よくそうならなかったなぁ、と自分で不思議に思っていたのだが、強くなったというよりは、もしかするとそういう症状を出していられないと身体ががんばっていたのかもという気もする。
 サラリーマンを辞めてフリーの職人仕事をしていたとき、風邪をひかないというのは身体が丈夫だからというだけではなく、風邪もひけない状態の身体になっているケースもあると実感してした。本当なら風邪をひいたら風邪の症状をきちんと出して、一通りの経過を通って自己治癒するべきなのに、それさえ出来ない状態というのは良い状態ではないのだ。一見風邪をひいていないように見えて、実は風邪もひけないほど身体が弱っているか、身体が症状を出さないようにがんばってしまっているかだったり。そんな感じも今の自分にあるのかなぁ?とも思ったので、元気に見えるうちに診てもらった方がよいのかなぁ?と徒然に思うこの頃。

 と、そんなこんなで連休は続き、仕方がないのでネットで心療内科がどういうところにあって、どういう医者はどういう事を診るのか?を調べているうちに、なんか気分も身体も落ち着いてきてしまった。ん~、慣れたのか落ち着いたのか、今のところは定かでなかったり^^;

介護ストレス2  2006.5.12

 と、いうわけで、落ち着いたようには見えても、落ち着いたのか状態に慣れたのかも定かでなく、相変わらず胸の軽い圧迫感や、やや息苦しい感じは続いていた。なので心療内科を受診してみることにした。

 前々から思っていたのだが、精神的なケアが必要な人というのは意外に多いと思われ、もっと気軽に受診やカウンセリングを受けられるようになるのが良いと思っていた。日本ではまだまだそう言うものを特殊なものとしてみて、受診する人もどこか隠れて医者へ行くようなところがあるし。以前、教室に来ていた人が子供と一緒にカウンセリングを受けたことがあり、とても有益だったと言っていた。
 確かにおかしなカウンセラーもいる。特に精神世界方面には自称カウンセラーが山ほどいて、害にしかならないケースをいくつも知っている。カウンセリングがもっと一般にも浸透することによって、そういうおかしなカウンセラーを排除する力にもなると思うのだけど?…

 さてさてどこに心療内科があるのかと、ネットでこの近辺を探してみる。ほうほう、意外にもいくつもある。専門のところや、いくつかの科と併設してるところ。選択に困るのも困るが、もっと困るのはほとんどが完全予約制。いくつかに電話してみるとほとんど予約で埋まっていて、早い時期でも夕方遅くか夜、日中だと10日も先だと言われた。しかも休診日や休診時間の長いところが多い。ん~~む・・・その方面の友人の話によると、休診日が多いのは、大学病院などへ担当医として行くからだという。

 ようやく即日に予約が取れたところはバスと徒歩で30分ほどかかる場所。専門医の診療の前に、ソーシャルワーカーとの問診。それ以前にもあれこれ問診書に書いた。そしてよ~やく診察室に呼ばれた。
 座っていたのは、30代と思われる男で、気が弱そうで子供の頃はいじめを受けてただろうな、という感じの医師^^;。 ひとつひとつ確認するように話し、質問し、変わった人だなという印象ながらとても丁寧な問診だった。精神科や心療内科などの医師の場合、本人がそういうことで病んだ人がほとんどだと思うので、一見印象にとまどう人が多いのは当たり前かも知れない。逆にそういう人でないと患者の痛みもわからないわけで。
 自分は元々不整脈も持っているので、まずそれを内科的にきちんと調べてからの方が良いという。もしも心臓などに問題があった場合は先に内科的な治療が必要で、それをしないで心療内科での治療を進めてしまうと治療の順序が逆になってしまう事もあると。

 ということで後日内科へ行くことにした。これもどこにどういう内科があるのかは普段それほど意識してるわけではなく、良く知ってる内科はいまいちな医者だと思ってるのが多いので、新たに探すことに。駅前に良さそうな医院を見つけ翌日行ってみたのだが、レディスクリニックとはなっていないのに、やたらに込んでて全員がご婦人だった。これは引いてしまった^^;; なのでしょうがなく、その近くに見つけた内科へ。
 昔ながらの懐かしい医院で、事情を話して診察をしてもらった。聴診器で胸の前後を丁寧に診察し、心電図を取り、その結果「不整脈はありませんね」とのこと。今までのが気のせいだったというのではなく、一時的に発生する不整脈のようなので、全然心配は要らないと。

 その結果を持って再び心療内科へ。あれこれ話し合った結果、とりあえず一週間、抗不安剤を処方してもらうことに。精神安定剤と言うよりも緊張緩和剤と呼ぶモノのようで、身体の緊張を取ることで精神的な緊張感もほぐすもので、後でネットで見てみたらもっとも軽い部類の安定剤だった。気分的には落ち着いた気はするけど、胸の違和感は続いているし、普段から頭痛気味なので、そのためにも試してみた方が良いだろうと。

 さて夕食後に初めて飲んでみた。数時間経過して、ん~効いてるのかどうかよくわからないけど、少なくとも悪くはない。何となくの飲む前は、明らかに「お~効いた~」なんてことを想像したりもしたのだけど、よく考えたらそんなに劇的に効くような薬はやばいんだろうなぁ、ドラッグじゃないんだから^^;
 そして翌日、ん~~、どうなんだろうなぁ?・・・効いてるのかどうかあまり実感がないのだけど、そう言えば胸の辺りの圧迫感は少なくなったような。ほんのわずかに乗り物酔いにも似た感覚があるのは、この手の薬の副作用のようだ。眠くなる副作用があり、集中力がなくなることもあるので、運転や危険な作業は控える方が良いとのことだったが、今のところ特に普通と変わったことは無いのだった。ま、しばらくは様子見ですな。

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