耐震偽装問題  (2007.10.14)

 え~~っと、、、
あれほど社会を騒がせた耐震偽装問題。問題も解決されて、犠牲者も救われたとか責任の所在が明確にされた、という事も聞いた記憶は無いんだけど、いったいどうなったんだろ?改めてマスコミの報道の仕方のいい加減さを感じますな。しっかりと追跡取材もし、あのようなとんでもない悪行が、二度と行われないようにするのが使命なはずだろうに。
 自分もすっかり忘れていた事件なのではあるが、とある本に「耐震偽装」について、ちょこっと書かれていたので思い出したのだった。

 最近自分のチャリ、といってもママチャリではなく、ここ数年広まりを見せるロードバイクという、いわゆるレース仕様の一般版(というわけでもないのだけど)なのだが、これにちゃんと乗るために、セッティングや正しい乗り方をあれこれやったりしている。そのために読んだ一冊の本なのだが、その中のコラムに書かれていたこと。
 ロードバイクは、乗る目的と自分にあったサイズのモノを選ぶのが基本中の基本。店の言いなりになって、微妙にサイズの合わないモノを買ってしまう人が多いのだが、そういうことを戒めていた。
 ロードバイクは高い。一台20万くらいするモノだって珍しくない。そういう高額なモノを買うのだから、買う方もしっかりと事前調査をして、よく勉強しておくべきだと。で、著者は「耐震偽装マンションを購入した人」も不勉強だったのであり、微塵も同情を感じない、と切り捨てている。
 おいおい、、、まず、買い物の規模を考えろよ。それを同列で考えるのもおかしいし、耐震偽装の場合はあまりに希なケースであると分かっているのだろうか?
 自転車や車なら、それなりに勉強や調査も出来るだろう。ま、建築物でもそれなりの下調べをするのは当たり前だと言うのはわかる。でも、お国のお墨付きをもらった部分が偽装だった、というのではお手上げだろう。そんなところでもしっかり調査すれば分かったはずだと思うのだろうか?あの広さをあの価格でなんて、おかしいと思うのが当たり前だというのは後から言えることで、建材もちゃんとしたものを使っている、構造は調べようがないけど、お国の基準を満たしているという保証が得られている。本当にしっかりと切り詰めるところを切り詰めて、良い物件を提供してくれているらしい、と思っても仕方が無いと思われ。他にも偽装をしていたと分かったのは、発覚後であるし、おかしなモノを作っている連中だっていうのは、調べれば分かったんだっけ?
 なんか著者は、勢いでかっこいい事を言ったと自分に酔っているではないのか?と考えざるを得ないのだった。


クライマックス・シリーズ  (2007.10.18)

 プロ野球のプレーオフのことである。
ご存じない向きに解説すると、今年から導入された、セパ両リーグともシーズン順位が3位までのチームが、日本シリーズ出場をかけて勝ち上がっていくシリーズなのである。
 まず2位と3位のチームが、2位の本拠地で対戦し、先に2勝した方が1位との決勝を行う。決勝は1位の本拠地で行い、先に3勝した方が日本シリーズ出場権を得る。
 んじゃ、せっかくシーズンを優勝したチームはどうなるんだ?というと、あくまで「優勝」は1位のチームなのだという。理屈にも何にもなっていない、わけのわからないプレーオフなのである。

 すでにパリーグは05年から導入している。第一の目的は人気でセに劣っていたパリーグを盛り上げるためでしょう。で、誰一人納得できないシステムながら、パリーグのプレーオフは大変盛り上がってしまった。
 セリーグもあやかろうとしたけど、例によってナベツネさんが許さなかったのである。そんな意味のわからないシステムなんか導入できるか!と。断っておくが、セリーグはナベツネさんの所有物でも何でもないのです。
 それが一転、昨年の話し合いで、セリーグも導入することになった。プロ野球の人気低迷の起爆剤みたいに言っているけど、本心は見え見えで、優勝から遠ざかっている巨人が、日本シリーズに進めるチャンスを増やしたかったのである。
ところが導入したとたん巨人が優勝してしまったのだから皮肉なもんである。

 クライマックス・シリーズについて、佐々木信也氏のコメントが新聞に出ていた。佐々木信也と言えば、一世を風靡した「プロ野球ニュース」の初代総合司会者である。クライマックス・シリーズの目的はズバリ、金儲けのためだと言い切る。シーズン終盤になると、優勝争いから脱落したチームの試合は、ただの消化試合となる。3位までプレーオフに進めるとなれば消化試合が減り、興行的にもおいしいのだ。
 そしてやはり佐々木氏も、クライマックス・シリーズは筋が通っていないと断言。ま、言われなくても筋が通っていないのは明白ですな。プレーオフに進むにしても、144試合もの長きに渡って戦ってきて、リーグに6球団しかないのにその半分に権利があるなんて無茶苦茶でしょう。落合監督も「本当の意味での日本シリーズは、去年で終わった」と言ってましたね。実際はパリーグが導入した時点で終わっていると思うのだけど。
 導入するにしても、ファンのためではなく、相変わらず親会社のお金儲けのためなんだからねえ。プロ野球がなにゆえに人気が落ちたのか、未だにまったくわかっていないという。

 前にも書いたかも知れないけど、プレーオフをやるなら、セパそれぞれ8球団にして、4球団ずつメジャーのように西地区・東地区にわけて、地区1位同士でリーグ優勝決定戦をやるのがよいと思う。球団を増やすと全体のレベルは一時的に下がる。だけどプロの受け皿が増えることで、プロ野球を夢見る少年は増えるはず。球団を増やして地域密着球団にすれば、絶対に人気は上がるはずなのだ。そういう当たり前のシステムにするには、野球には愛着も何もない今のプロ野球組織のトップ連中を一掃して、野球とファンを愛する人たちが率いていかないと無理かと。

 っとと、、実は、こんな事を書こうと思っていたのではなかった。相変わらずプレーオフも、試合日程が間延びしているなぁ、と感じたのだ。
 日本のプロ野球には、とうに興味を失っていたのだけど、シーズンが終わってプレーオフに入るとき、そしてプレーオフの日程が、なんでこんなにスカスカなんだろうと思ったのだった。大リーグみたいに、シーズン終了後に間髪を入れずにどんどん決定戦を行う方が、ファンのボルテージもあがるのに、日本は相変わらずのんびりゆったりで、「また休んでるの??」って感じで。


時間指定の宅配便  (2007.10.21)

 宅配の配達員から電話が来た。時間指定をした宅配便だった。指定した時間帯よりも、数十分早かった。

 「あのぉ、近くまで来ているんですが、配達の指定時間には早すぎるので、時間になってからお届けいたします。」
「は?いえ、もう届けてもらってもかまいませんが。」
「いえ、時間帯を外して配達すると怒られますので。・・・」

 ・・・・、って、じゃぁなんでわざわざ連絡してきたんだ?^^;
どうも、要領悪くて世渡りの下手な人のようで。でもいい人なんだろな。


むかしむかし?  (2007.11.1)

 6年前に脳梗塞で入院した母君は、月に一度病院に診察を受けに行っている。毎回、金曜の午前中の予約をしているのだが、久しぶりにその時間帯の担当医が変わった。今度の担当医は、6年前に入院した時の担当医だった。もちろん母君は覚えちゃいない^^;

 今回の診察の時、カルテと母本人を見ながら、担当医は言った。
「あ~・・・、久しぶりですねえ。むかしお会いしましたねえ。
 ・・・・・・・
 なに?「むかし」?自分的には、単純に「久しぶり」の感覚だったのだが。以前から自分は、人と時間感覚の長短の感じ方が違うな、とは自覚していた。
 自分にとって「むかし」は、20年以上前の感じかなぁ。5~6年前なら、単に「5~6年前」であって、「むかし」という感覚はまったくにゃい。いや、20年以上前でも「かなり以前」という感覚はあっても、「むかし」という感覚ではないなぁ。
 医者は毎日大量の患者や人と接しているから、生活が濃密で数年前でもかなり以前の事に感じるのか、それとも自分の感覚がおかしいのか?^^;;


風になる日々  (2007.11.7)

 ちっとタイトルが気取りすぎだったか、ふっ…( ̄ー ̄)

 最近、雨でなければ、半径10キロ圏内はチャリで移動することが多い。もちろん、荷物は背中で背負える範囲の時だけ。うちから渋谷までは直線距離で3キロ、新宿までは5キロに過ぎない。以前はどちらもほとんど電車で行っていたが、チャリで行くことが多くなると、かなり近い場所なのだったと再確認。それにそれなりの陽気なら、風を切って走っている方が気持ちよいのだ。ほどよい運動になる。別に運動不足を解消しようなんて思っているわけではないけど。
 渋谷までなら歩いても30分強、チャリなら15分程度。新宿でもチャリで20分もあれば着く(電車なら急行で8分くらい)。距離の違いの割にあまり差がないのは、新宿へ行く方が大きな道を走れる部分が多く、歩道も広いので歩道を走るときでもスムーズに進め、平均速度が圧倒的に速いのだ。

 初めてチャリで新宿まで行ったのは、小学校5年生だったと思う。向かいのアパートに住む同級生と行った。その時は片道1時間半という数字を記憶しているのだけど、いくら何でもそんなにはかからない。変速機の付いていない小学生用の小さいチャリでも、せいぜい1時間弱かと。もちろん初めて行く道筋なので、おっかなびっくり向かっていたと記憶しているから、かなり時間はかかっているけど、1時間半もあったら歩いても余裕で着く。なので、1時間半という時間がかかる部分の記憶を間違えているか、記憶が脚色されているか、あるいは単純に数値を間違えて記憶しているのかと。

 この手の自転車(通常「バイク」と呼ぶ)に乗っている人には、専用のウエア、そうあのピッタリパンツとゴーグルやヘルメットをかぶる人が多い。自分はそこまではせず、右側のズボンの裾がギヤに巻き込まれないように裾止めをする程度。そこまでの気合いの入った姿をしたくないというのもある。あくまで移動の手段が第一目的で、「バイクに乗るため」に乗っているのではないし。街乗りが多いので、そういう姿では浮き過ぎるというのもある^^;
出で立ちはチャリに乗らない時と同じなのだが、最近ゴーグルだけは買った。普段からチャリに乗っていると、目にゴミや虫が飛び込んでくることが多い。今年通っていた目医者の女医にそのことを告げ「まつげが短いからでしょうか?」と尋ねると、「おめめパッチリだからよ」だと言う。取り立てて大きなパッチリまなこではないので、医者の誇張なんじゃないか?
 それに加えてスピードを出して走るため、寒くなってくると目にあたる風がつらくなってくるのだった。それでバイク用のゴーグルを購入。この手のゴーグルは人相がきつそうになる^^;
 と、いうわけで、チャリの日々なのであった。


山場CM  (2007.11.11)

 テレビ番組中のCMの入れ方について、慶応義塾大・榊博文教授らの調査結果が発表された。
 いわゆる「山場CM」というやつで、ドラマやドキュメンタリーなどで、盛り上げるだけ盛り上げておいて急にCMに入り、CMが終わるとまた同じシーンを繰り返してその後を見せるという、きわめて姑息な方法の事である。約86%の視聴者が「山場CM」を不愉快に感じているという。おまけにスポンサーにとっては、山場CMの商品は買いたくないという逆効果にもなっている。場面が一段落した後の「一段落CM」にはおおむね好意的な反応が見られる。なにやら世界的に見て、山場CMを入れている頻度は、日本が一番高いらしい。

 しかしである!ぬぁ~にを今ごろそんな事言ってるんだか。そんなことはこの「雑記帳」で5年も前に警告しているのだ。スポンサーやテレビ製作側は、この視聴者の反応に驚いたらしい。それにはこちらが驚いてしまう。山場CMが好意的に受け止められると思っていたのか?やっぱり製作者達はバカなのか?最近腑に落ちたことがあるのだけど、なぜテレビ番組の質が落ちているのか、という要因の大きな部分に「スポンサーと出演タレントのため」に作られている番組が、あまりに多いからなのではないかと。これも視聴者はみんなわかっていることで、今更だけど。


演歌  (2007.11.16)

 明け方の夢の中で、なぜか中条きよしの「理由(わけ)」が流れていた。ネットで調べてみたところ、1974年に「うそ」が大ヒットしたとあるが、その次の曲だったと思う。自分が中学生の頃の曲か。別に好きだったわけではないが、良くテレビやラジオで流れていたので、すっかり耳にはついていた。
 部類的には演歌なのだが、ハッキリ言って演歌は嫌いなのである。なんか人生に疲れたような歌が多いし、そもそも歌手としての下積みの苦労を売り物にするというのが嫌いなのだ。プロなら下積みは当たり前であって、作品そのもので勝負しろよ、と思ったり。ま、そこまでを含めて「演歌」という商品なのだろうけど。でも、明るい演歌は嫌いではない。細川たかしのような明るい歌で、演歌とも民謡ともつかないようなのは、それなりに好きかも。

 思い出してみれば、小さい頃はテレビで流れる歌を、歌謡曲とか演歌とか分類して聴いているわけではなく、耳になじんだモノはみな好きだったりして、中学高校あたりになるとハッキリ嫌いだと認識する類の演歌も、小さい頃にはそれなりに好きだったりした。
 小学校低学年あたりに、毎週フジ系の「夜のヒットスタジオ」というのを見ていて、歌謡曲と演歌が半々くらいの感じだったと思うが、そこで歌われていたモノはほとんど素直に受け入れいたような。そもそもテレビで見る芸能人は、みんな好きだったような気がする。「夜のヒットスタジオ」の常連歌手では「東京ロマンチカ」などがいたのだが、まったりした暗い演歌を歌うグループである。でも、好きだった記憶がある。そういうのに馴染んでそのまま拒否反応を示すことなく育つと、演歌大好きオジさんになったりするのだろうか??最近はどうだか知らないけど、以前は30~40代になってくると、それまでロック好きだったやつでも演歌に傾いてきて、「自分もそういう年齢になったのだな」と自覚するという話を良く聞いた。アリスでバリバリに歌っていた堀内孝雄が演歌をやり出した頃、「年齢的にそういう(演歌をやる)頃ですしね」なんて言っていて、とてもアリスの”べーやん”だったとは思えない感じになっていたな。

 自分が子供の頃は、もちろんCDではなくレコードなわけだが、たしかその「東京ロマンチカ」のシングルレコードがあった。おそらくテレビで歌われていたモノが欲しいという事で買ってもらったのだと思う。かといってそれを喜んでプレーヤーでかけた記憶はない^^;。
 初めて手に入れたレコードというのは、オバケのQ太郎のレコードで、親戚の人に「オバQのレコードが欲しい」と言ったら、オバQの主題歌ではなく「オバQマーチ」なる珍しいレコードを買ってきてくれたのだった。しかし、これはかなり気に入ってかけまくっていた。
 自分も一緒に店に赴いて初めて買ってもらったのは「パーマン」のレコード(ソノシートだった)である。その後、初めて自分の小遣いで買ったのは「ドリフのズンドコ節」だったはず^^; ドリフターズが大好きだったのだ。でも、演歌のレコードというのは、やはり一枚も自分では買ってないなぁ。そもそも、その東京ロマンチカの1枚以外に、我が家に演歌のレコードは存在していなかったようにも思われ。「オバQマーチ」「パーマン」は、まだ手元にある。

 ちなみに、冒頭の中条きよしの歌が流れていた夢を見た日、夕方頃にはなぜか、ピンクレディーの「UFO」が頭の中を何度も流れていた。^^;


数mm、数gの微妙さ  (2007.11.29)

 今までにいくつかの枕を試してきた。ここ一年くらいは「これだ!」という枕を見つけ、すっかりフィットして気に入っていたのだ。ところが、頸椎にゆがみが出てきて、しかもベッドスプリングがポケットコイル式のに変えたためか、枕も合わなくなってきたような感じに。
 
もともと首には違和感があったのだけど、数年前から、時々、左腕に通じる神経が引っ張られるような痛さを感じる。どうやら、頸椎から出ている太い神経を、ゆがんだ頸椎が圧迫している事が発覚。数年前は、しばらく整骨院で首の牽引治療を続けて良くなった。そしてまたここ数ヶ月、左腕に軽い痛みが。今度は町の整形外科でレントゲンを撮ってもらった。医者が示すレントゲンの頸椎の神経が出る穴が少しつぶれている。と言っても、指摘されても「???」で、再度よく見るように言われてみると、そういえば少し穴がつぶれているような。。。という感じだった。ま、素人目にハッキリわかるようだったらかなり悪い状態で、即手術なのだろう。
 んで、今回も牽引治療を続けているのだけど、同時に枕も合わなくなった。いくら首の牽引をしているからと言って、実感するほどに首が伸びるわけはない。でも、なんとなく枕の奥行きも短く感じたり^^;
 で、ピローフィッターのいる店でちゃんとした枕を買おうと調べてみたけど、どうもしっくり来る店がない。値段に関しては、良い枕が高いのはしょうがないと思う。1日30円でしっくり来る枕で寝ることが出来たら、かなりお安いと思わないだろうか。1日30円だと、1年で11000円弱なのである。通常枕は数年以上使うだろうし、お気に入りならほぼ一生モノだから、1万円以上の枕を買ったとしても、決して高いことはない。
 今回、あるショップサイトで、9000円ほどのものを買った。体格やベッドの状態、首の状態や頭の形などなど、いろいろな質問事項に答え、最適と思われる状態のモノを送ってくる。その後は、使ってみてどこがどう不都合に感じるか、などをメールでやりとりし、枕のどの部分の詰め物をどのくらい増減させるかのアドバイスを受ける。そうやって、毎日の使用の中で自分に合う枕に仕上げていくので、優れたピローフィッターの店で買ってくるだけのものよりは、はるかに優れたシステムかと。
 驚いたのは、ほんの一握りの詰め物を調整するだけでも、全然違ってくるのである。今回は自分の首の状態もあまり良くないので、なかなかしっくり来るモノにならない。おそらく普段なら全然気にしない程度の違和感でも、気になって気になってなかなか寝付かれず、夜中にも起きてしまうとうい状態が続いた。いったい、全然合わない枕でも平気で寝ていた昔はなんだったの??^^;; そんなこんなで、ようやくちょうど良い感じになってきたのだった。

 さてさて、微妙な調整と言えば、自転車もそうなのでる。現在ロードバイクという、かなり流行になってしまったチャリに乗っている。ほんの5年以上前なら、ほとんど見かけることもなく、珍しいチャリに乗っている自分なのであったのに。ママチャリと違い、速く快適に走るように作られている。なので、自分の体格や乗り方にフィットさせるセッティングが大事。ロードバイク歴自体は20年以上あり、今のが4台目になる。ただ、今までは正しい乗り方をしていなかったために、悪い乗り方の姿勢が固まっていて、それの矯正もしている。正しく乗ると快適ですごくよく走る。で、調整は主にハンドル部分とサドル部分をいじる。
 一応自分の体格に合わせてオーダーしたモノだったのだけど、購入したままだと、ややハンドルが遠かった。3cm以上手前にずらすと楽なのでは、という感じがしたのだけど、1cmの調整でもかなり近づいた感じがした。2cmもずらしたらかなり楽になった。また、サドルもほんの”5mm”だけ上げ下げしたり、前後にずらすだけでもまったく感じが違うのだ。これには驚いた。その方面の本には「自分にあったセッティングは数値で把握するのがよい」と書いてあるのがよくわかる。「このくらい」でやってしまうと、まったく違ってしまうのだ。プロだと1~2mmの設定ミスで、パワーが自転車にうまく伝わらずに勝負を落とすらしい。そういう微妙さが大変であるけど、妙に嬉しかったり^^。
 でも、人間の身体って本当に微妙なのだなぁ。というか、気にし出すときりがなくなるのね。「そういうもんだ」と鈍感なら全然気にならないのだし。


記憶の探訪  (2007.12.7)

 15~6年前、練馬の会社へ通っていた。印刷製版という仕事の職人をやっていた時期があり、その練馬の会社専属のフリー職人だった。今はパソコンでのDTPが主流のため、もうその職種は無くなったと思う。社員ではなくフリーでやる場合、通常「請け取り」と呼ばれる。

 会社は環七のとある交差点付近にあり、環七を10キロほどバイクや自転車で北上して通っていた。今は環七も排気ガスはかなりきれいになったけど、当時はまだまだとんでもなく汚れていて、空気が汚いと鼻毛が伸びるというのを初めて知った。適当に切らないとバカボンのパパにならんとも限らなかったり^^; ちなみに、公共交通で通おうとすると、いったん都心部へ出なければならず、大回りで1時間はかかるので、この通勤のためにバイク(中型)の免許を取った。環七を北上すると、バイクだと渋滞や信号に引っかかり、30分以上かかる。自転車で気合いを入れて走るとほぼ同じ30分なのだった。渋滞は関係ないし、信号もあちこちパスしてくるからなのだ^^;
 さて、環七ばかり走っていると、空気が汚いのがイヤだし、ワンパターンの通勤で飽きるので、やや遠回りの別コースも走っていた。JRの中野駅を横切る通り(中野通り)を北上するコースだったのだけど、最近ひょんなことから自転車でその通りを走る機会が増え、記憶にある当時の風景が蘇って妙に懐かしくなってしまった。こちらの方が環境も良いので、走っていても楽しいのだ。
 その時は会社に通っているとはいえフリーだったので、納期に間に合えさえすれば、24時間いつ仕事をやっても良かった。フリー職人が作業する部屋はいつも開いていて、それぞれ好き勝手な時間にやっていた。毎日大金を使って競馬をやってから夕方来て朝帰る人もいたし^^;。 自分は正しい日本のサラリーマンのように、9時に入ってなるべく夕方には終える、というやり方をしていた。

 当時、中野通りを走っているとき、いつも目にとまる図柄があった。数字の1から10までを使って人の顔を表現したデザインだった。正しいサラリーマンのような通勤時間に走っていたので、当然道も混んでいて、周りの景色やなんかを見ながら止まったり走ったりしていたのだ。その図柄をいつも「面白いなぁ」と見ていたのだけど、それが印象的だったので、結局なんの店だったのかはよくわかっていなかった。喫茶店だったような気がしたけど。
 最近、中野通りが再び気に入ったので、また自転車で通ることが増えた。そして、そのいつも目にとまっていた図柄の事を思い出した。どこで見たんだったか?・・・ 記憶をたぐっていくと、中野通りを北上しきって、練馬に入る頃だった記憶がある。それで、時間があるときはその記憶をたぐって探してみたのだけど、どこを走ってみてもそれらしいモノはない。もう15年以上経っているから、お店は無くなっているかも知れないけど、そのお店があったと記憶している場所がまったくわからない。刻まれた記憶では「この踏切を渡り練馬に入る手前のはずなのに」と思っているのだけど、そういう一連のものがどこにもない。区画整理などで変わった様子もないのに見つからず、当時のルートからすると絶対に通っているはずの道の風景も、今見てみるとまったく記憶にないところがある。ネット検索で「数字 顔」などと探してみても、当然見つからない^^;
 記憶というのは、そのまま刻まれていることは希で、ほとんどは月日を重ねるごとに修正されたり脚色されていく。なので、記憶に残っている残像も実際とは違うのだろうとは承知していた。でも、ここまで違っているのは??と驚いたり。

 なんだかこれほど記憶が食い違っているのが気持ち悪く、そしてあの図柄をまた見てみたいという思いで、時間があるときは何度も探してみた。記憶をたぐったり、実際の行程から考えてどこをどう走ったと考えられるか、と推理したり。実際のルートから論理的に考えてみると、その場所は中野駅を過ぎてからではなく、それより手前なのではないか、と考えられた。過ぎてからだと、記憶に残っているような交通量の多い通りはありえないし。そして手前までが渋滞が多くて時間もかかり、後はスムーズに進めたので、それで後半の距離感を短く記憶しているのではないか?と。
 そういう推論を当てはめながら何度か走ってみて、ある日「それならこの辺か?」と何気なく辺りを見回したら、、、あった!! 記憶では女の人の顔をデザインしていたと思っていたけど、そうではなくおじさんの顔だった。しかも、当時の見え方とはかなり違う。記憶に残っている見え方では、バイクを走らせながらというよりも、もっと余裕をもって眺めていたので、渋滞になったときに止まったときか、信号待ちの時のはず。でも、それは信号を渡りきってすぐの所から見える。なかなかそんな場所で停車することはないのに、しょっちゅう見ていたと言うことは、店が移転したかよほどトロトロ走っていたことになる。移転した感じではないから後者か。でもそれでも、記憶にある見え方、つまり自分が向けた目線の向きとかがかなり違う。ん~~、記憶というのはこれだけ修正されてしまうのか・・・。それに、通勤コースのようにいちいち意識しないでも自動的に走れると、いかに時間やコースの前後関係をいい加減に記憶しているかというのを痛感した。自分だけか?^^;; もう全然ルートがわからない、とお手上げだったときは、催眠術かなんかで記憶を呼び起こしてもらうことはできないか?なんて事も考えたりした。わかったからって、だからどうしたという事ではないのだけど。

  さて、その当時よく見ていた図柄はこれなのだけど、この写真はウインドウに描かれている。同じモノが店の上のテントにも描かれていて、多分いつもそちらを見ていたのかと。やはり喫茶店であった。ちなみに発想がおもしろいな、と思っていたのであって、図柄が見事だというわけではない^^;
 ある日、当時と同じ時間帯で走ってみたら、記憶にあるような見え方だった。朝陽があたった感じがその当時のままだった。そして、道のすぐ先にバス停があり、バスの発車を待つ間に停車して見ていたのかも知れない。
そして後日、初めてお店に入ってみた。ん~~・・・なかなか味わいがある店内というか、、、独特の席の並べ方だ^^;; 壁紙として店内に貼ってあるビニール素材のものも、模様からして普通は床に貼るやつじゃないのか?^^; でもなんか奇妙に懐かしく、近くで働く人や近所の常連さんが愛用している店という感じだった。「ところてん」がメニューにある喫茶店というのもなかなか無いぞ^^;;


「~のおかげで…」(あとがき)  (2007.12.12)

 書籍の「あとがき」必ずと言って良いほど書かれているのが、関係各方面やその書籍を作るときに関わった人たちへの謝辞。「はじめに」に書かれているケースも多いが。
 だいたい自分が本を読むときは、そういう所は読み飛ばす。よほどどういう人が関わったのかに興味が無い限りは読み飛ばす。いくらなんでも謝辞の相手が多すぎるだろ、という事も多いし。

 んでもって、今春、自分が本を出版したわけだけど、やはり謝辞を書いた。サイエンスシリーズものの一冊なので、先に出版された本にならってはいるけど、やはり書かずにはいられない。出来ることならもっと丁寧に書きたかったのだけど、誌面の都合でかなり簡略して書いている。通常、編集者に対する謝辞は書かれていても、その本を実際にレイアウトしているデザイナーに対する謝辞というのは見たことはない。でも、自分もデザインをやるから、それをやってもらっていることをひしひしと感じ、デザイナーに対する謝辞も書いた。おそらく、自分が他書を読むときと同様、そのあたりは読み飛ばしている人は多いと思う。でも、それで良いのだとは思うが。

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