弱者禁煙席?  (2006.5.3)

 最近は喫茶店でも、禁煙席の無いところは珍しくなりつつある。良心的なところ、というよりそうでなきゃ意味ないだろ、というのは禁煙席と喫煙席のフロアが別れている店。そうでないところは多い。
 以前良く行っていた神保町の喫茶は、店の奥が禁煙席で手前が喫煙席。ある日行くと、中程度に客が入っており、奥の禁煙席は空いていたのだが店内は煙で霞んでいた。案内しようとする店員をシカトして引き返し、それ以後行っていない。
 なめてるのは、禁煙席を取り囲むように喫煙席のある店。店全体が喫煙席でその中にひとつかふたつ、囲まれるように禁煙席がある。かなり腹が立つ。単に喫煙してはいけない席にすぎないじゃん。

 先日新宿で、テラスのあるカフェに入った。テラス部分は喫煙席で、テラスの席と隣り合わせの店内の席が禁煙席。テラスの煙がもろに禁煙席の客を襲っていた。禁煙席の客は何事もないように普通に過ごしていたが、自分だったらかなり腹が立つなぁ。

 なんなんだろね?喫煙禁煙の両方の席がないとそれぞれの客が来てくれないから、形だけそういう席を設置してるだけなんだろな。この場合、弱い立場なのは100%禁煙席の客なんだが、弱い方を少しでも保護できるようにするという気遣いまでは無いのか、店の構成上どうしようもないのか。んならいっそ喫煙者歓迎の店にした方が、店のキャラも出るだろうに。


10年  (2006.5.17)

 詩人で評論家の吉本隆明氏の言っていた言葉で「どんなことでも少なくとも10年続ければモノになる」というのがあった。
 そういえば展示会を始めた頃、当時世話になっていた額屋のオヤジが「だいたい個展が黒字になるのに10年はかかるんだよね」と言っていた。幸いなことに自分はほとんど赤字になることは無いのだが、それは油絵での展示で無いことも大きいかと。油絵だと絵の具代はかかるわ、額は高いわ、銀座なんかで個展をやろうものなら場所代も高いわで、ほとんど一生ものの個展になるケースも少なくなかったり。それでも、本当に自分らしい内容の展示が出来るようになったのは、ほぼ10年くらい経ってからだと思う。

 ホームページを公開するようになってから、事前にはまったく予想だにしなかった事だが、文章などをこうして頻繁にアップしていたりする。前にも何度か書いたが、絵などの作品を頻繁にアップするのは難しいから、比較的更新しやすそうなものとして文章をアップしてみただけで、読んでくれる人がそんなにいるとは思ってもみなかったのでした。
 そんなこんなで4年近く、ほぼ2日に1回ほどの頻繁なペースで文章をアップしているのは、我ながら驚異的なことで。自分がそんなものをアップすることさえ考えられなかったのに、それにまして良く書くことがあるな、と。
 あと6年経つとホームページ公開10年となり、まさかと思うが同じようなペースで文章を公開していたら、相当「もの」になっているのだろうか?^^; 単なる惰性で、すっかり飽きられているという気も。いや、そもそも同じ人が10年も見てないか?


プロ野球  (2006.5.19)

 巷ではプロ野球も本格的にペナントレースが熱くなり、さりとて視聴率は上がらずと…

 自分はかつては熱烈なプロ野球ファンで巨人のファンだった。東京住まいのため、単純に本格的に見たプロ野球が巨人中心だったというだけの理由になのだが。そのプロ野球熱が冷めたのは、FAによる清原選手の巨人入団の年。その数年前からなんだかなぁ、とは思っていたのだが、清原の入団で一気に「もういいや・・・」となったのだ。
 いや、清原選手が嫌いなのではない。どちらかというと好きな選手なのだ。嫌になったのは多くの巨人ファンが巨人ファンを辞めたのと同じように、FAなどでの選手の乱獲に嫌気がさしたのだ。巨人ファンだったといっても球団そのものが大好きだったのではない。もちろんチームのファンなのだが選手一人一人のファンでもあるのだ。大物選手の乱獲というのは、応援していた選手達をないがしろにするやり方の連続でしかないと感じたのだ。巨人ほど努力のしがいのないチームはないと。

 その数年後にもダイエーから工藤を獲得する動きがあり、すっかりアンチ巨人になっていた自分は「アホか」と思っていたのだが、ある知人の巨人ファンはそういう大量の大物選手獲得のやり方に疑問を持ちながらも「でも(工藤が巨人でやるのも)見てみたいねえ」と言った。こいつもアホか、本当のファンか?と疑問だったり。
 自分が巨人ファンだった頃、嫌いなチームは広島だった。地味さが嫌いな理由のひとつだった。なんか陰気で地味な印象というか。アマチュアだったら良い。でもプロがあんな地味で良いのか、と。
 ところが巨人に嫌気がさすと、広島は実に良いチームだと思うようになった。選手をしっかり育てて、努力の報われるチームというか。ま、もちろん貧乏球団なので、お金で大物を集めることはしない方針のチームだからなのだが。広島はFAの選手は獲得せず、FA宣言した選手の残留を認めていない。一切のマネーゲームをしないのだ。(できないのでもあるが)
そういう目で見るようになると、努力して大成した職人のような選手が大勢いることに気づいた。
 特定のチームをひいきするという目で見るのでなければ、パリーグの方が野性的で面白い事も改めて認識した。圧倒的にパリーグからメジャーへ進んだ選手が多いのもそのためか?

 さてさて、この春はWBCで久々に面白いプロの野球というものを見たのだが、ペナントレースそのものはまったく興味が無く、まるで見ない。かつては、どこへ行くにも携帯ラジオを持って、逐一試合状況を把握していないと気が済まなかった頃とは雲泥の差である。おかげで、プロ野球が開幕しても野球放送に拘束されずに、自分なりの有効無効な過ごし方ができるのだが。
 しかし驚いたことにこのシーズン真っ最中に、巨人戦がテレビ放映されないという現実を知った。セパの交流戦の数試合なのだが、地上波ではなく衛星放送で放送でもしてるのかと思ったら、放送そのものをしていないようだった。ん~~、以前なら絶対に考えられない事態。巨人戦の人気凋落はここまできたのかぁ。

 そういえば自分が学生時代までの頃は、夏といえばどこかの家からかナイターのラジオ中継の音が聞こえてきたりした。テレビだとそれほど実況が騒がしくなく、ラジオの方が音量を大きくしていて音も漏れやすいということだったのだろうし、いまほど夏に窓を閉め切っている家が多くなかったとこともあり。「ながら」でラジオナイターを聴いている人も多かったのか。
 夏は日本のお父さんにとって「ビール」と「ナイター」の季節だったりした。夜住宅街を歩いていると、テレビではなくラジオのナイター中継の音が聞こえたもんだった。いま思えば懐かしい夏の風物詩…


憲法改正  (2006.5.22)

 憲法改正について議論が活発になっているが、ラジオの街頭インタビューでのとある日本人紳士の言葉にハッとした。

 平和憲法云々とか戦争が出来るの出来ないのとか、自衛のための軍事力は必要だとかどうだとかいう議論は相変わらず聞くのだが、その紳士の言葉は「アメリカの青年の血によって日本の平和を維持」している現状はいけない、というものだった。「米軍の傘」という表現をこれまで良く聞いてきたが、「アメリカの青年の血」という言い方は実に現実的で明快な表現だと思ったのだ。

 政治的な思惑ばかりが言われ、確かにそういう「まつりごと」の部分が大きいのだが、実際に軍隊で働いているのはほとんどが青年であり、血が流されているという現場にはなかなか目が向いていなかったし。特にいまさらどうこう言う事でもない、当たり前のことだったんだけど、なんか改めて「そうだよなぁ」と思わされた。

 少なくとも第二次世界大戦以後は、日本は直接的な戦争を経験していないし、教育でもまともに教えていない。そんなところが原因なのかなぁ、言葉遊びの憲法改正ばかりで、実感を伴っていないのは。
 まぁ、日本のあらゆる議論って言葉遊びが多いのは事実だけど。言い回しを換えたことで、問題からひとまず目を背けることに成功したりなんてのは、日本の中枢部での日常茶飯事で。


「浮浪雲」の死  (2006.5.24)

 ジョージ秋山氏作のコミック「浮浪雲(はぐれぐも)」のお話。

 テレビドラマや映画(アニメ)にもなり、古くは渡哲也氏が「雲」さんに扮した。これは風貌といい雰囲気といいなかなか良かった。あの固く渋い渡哲也がひょうひょうとした顔で演じるのがとてもマッチしてるのだが、これはテレビではほとんど見た記憶はなく、写真だけ。近年ではビートたけしでテレビドラマ化されたが、ミスキャストだろうなぁ。

 さてさて、この漫画を読んだことのない人には何のことかわからない内容だけど、ご勘弁を。コミックで連載中の「浮浪雲」は、もうすでに単行本で80巻を超えている。(それもすごいが「こち亀」の140巻も^^;;)。いまだにコミック連載中なのだが、先日明け方、この漫画の最終回の夢を見た。

 いつものようにひょうひょうと町中を歩き、渋沢老人の庵へ顔を出す。そこでいつものように碁でもやっていたか、ただのほほんとしていたのかは定かではない。
 次の場面、雲さんの子供の新之助、お花、奥さんのカメさん、番頭のとっつぁん、などなどのみんなが、雲さんが死んだことを知らされる。渋沢老人の庵の縁側で、いつものように船をこぎながら居眠りしているような状態で死んでいたのである。何の理由もなく、突然コロッと死んだのである。

 もちろんみんなは大いに嘆き悲しむ。しかし悲しみの中、その死を自然に受け入れ、本人は死んでしまったけど、ひとりひとりの心の中にいつもと変わらない雲さんが生き続けていて、大きな大きなお土産を残していってくれたように、心を温かくしていた。
 最後の場面では、雲さんが頭(かしら)を務める問屋場のみんなも、カメさんも子供達も、いままでの主要な登場人物も、いつもと変わりなく、いや、いつもより生き生きと日常を送る場面で終わっていた。ひとりひとりの心の中で、微笑む雲さんが見守りつつ。

 昔の自分は、夢の内容で(特に悪夢)起きた後の精神状態に影響されてしまうことが多々あった。でも、二十歳くらいからか、そう言うことはまったくなくなり、夢はあくまで夢であり、面白い夢も恐ろしい夢も嫌な夢も、そういう夢を見たというに過ぎなかった。
 しかし今回、なんだかとても不思議な心境に包まれた。目が覚めてうとうとしながら「誰かが死んだか?」というのが最初に頭に浮かび、時計を見るといつもなら階下では母親が起きて、ごそごそとやっている音が聞こえる時刻なのにそれがまったく聞こえなかった。
 もしや??・・・と思ったのだが、しばらくして物音がして、たまたま起きるのが遅かっただけのようだった。^^;
 それでも、自分を取り巻くなにかが違うなぁ、という感慨があった。自分を取り巻くなにか、というよりも「自分の中のなにか」なのだろうが。

 もし現実に連載中の「浮浪雲」が終わるとしたら、いつも通りの日常のまま終わるか、この夢で見たような雲さんらしい死で終わるかしかないだろうな、と思ったのだった。そしてこの夢の印象からは、人の死は死んだらそれで終わりというモノだった。だれが言った言葉か忘れたが、「死ねば死にきり」なのだった。輪廻転生を否定するとかどうとかいう次元の話ではなく、この日常の世界での人の死は、死んだらそれで終わりというもの。死んだら霊魂として輪廻を繰り返しながら永遠に生き続けるのではなく、周りの人の心の中に生き続けるのが本当の魂の鎖なのではないかと思ったのだった。過去世だの来世だの輪廻だのという議論は、そんなことにこだわるのは意味がない、本当に大事なのは今のこの世での短い一生を生ききり、最後に死にきって、関わりあった人々の心の中に生き続けることなのだ、という大きな感慨だった。それこそが現実的な永遠の命のような気がしたのだ。

 夢の中で見た漫画の結末ではあるが、主人公が死んで連載が終わるのに、あれほどさわやかさの漂う「死んで最終回」というのもないだろうなぁ…。


 いい大人の社会人だったら、人の死は「亡くなる」と表現するのが普通でしょう。
でも常々感じているのだけど、どうも「亡くなる」というのは言葉は柔らかいけど、なんかひどく他人事な印象なのだ。
社会的な立場の目上の人とか他人なら「亡くなった」と言うだろうけど、自分の肉親友人や大事な人だったら「死んだ」という言葉が、自分としてはしっくり来る。


UFO交信  (2006.5.26)

 むかし、世話になってた気功の先生の教室に参加したときのこと。その時は夜で、近くの公園でやろうということになった。

 んで、最後の方でみんなで輪になって手かざす。手を繋ぐのではなく、お互いにかざすようにして気をみんなの中で回すのだ。輪になって、しばらく静かにしてるんだけど、自分は表でそういう怪しい事をやってるというのが気になっていた。時々遠巻きに人も通るし。

 そして途中、近くを通りかかった人がヒソヒソ声で言っているのが聞こえた。「あれUFO呼んでんだよ…」


新聞広告  (2006.5.29)

 毎日、新聞はしっかり読む。(毎日新聞ではない^^;)
とっているのは嫌いな新聞社なのだが、うちは昔からこの新聞で、母親がそこのが好きなので致し方ない。何が嫌いって、どうも社の方針というか考え方とかとらえ方に納得がいかないのだ。なので社説などは間違っても絶対に読まんのだった。

 そういや大学1年の一般教養の英作文の授業でのこと。問題は「私は毎朝新聞を読んでいます。」だった。(大学でこのレベルの問題かというのは置いといて)
正解はもちろん「I read newspaper everymoring.」であるが、指名されて黒板に書いた男は「I read Maicho-Shinbun.」と書いた。別にボケをかましたのではなく、マジで勘違ったのだ。でも、これは確かに日本人ならそういう意味にとらえても仕方がなく、問題があいまいなのが悪いので、正解になった。^^;

 しゃてしゃて、新聞は一応隅から隅まで読む。全部を精読するわけではないが。株式面をすっ飛ばすくらいである。広告面もほとんど見る。ただし、新聞に折り込まれているチラシの類は一切見ない。広告面では、本の広告を一番興味深く見るのだが、雑誌の広告はほとんど鼻で笑って見ている。相変わらずアホな記事ばかり載せてるなぁ…と。本の出版広告も、ほとんどは関心のない本ばかりなのだが、一週間に数冊は興味を引かれるモノがあり、実際に買うものもかなりある。ん~、広告の販売戦略に見事に引っかかってるわけで^^;。興味の赴くままにそれらを買ってしまうと、とんでもない冊数になってしまうので、ホントに心の琴線に引っかかるモノを選択するわけだが、それでも積ん読は増える。

 新聞で紹介される本というのは、すべてが新刊というわけではなく、書評欄などでは、出版されて数年経つモノもあったりする。そう言う場合は、文庫化されるのをひたすら待ったりもする。安くなるのを待つのではなく(確かにそれもあるが)、小さくなるのを待つのである。本は量が増えるとスペースを激しくとる。文庫ならそれが省スペースですむし、持ち歩きにも手頃。寝床で読むにも便利で良いことずくめだからである。
 有難いことに、重厚な内容のモノでも最初から文庫や新書サイズで出るモノが多くなってきた。逆に単行本の方は、異常に高く厚いものが増えたようにも思うのだが。
 また、文庫化されたものでも、なんでよ?ってのも多く、最近の「ダヴィンチ・コード」などは、上下巻にできるじゃん、って思う厚さなのだが、3分冊になってたり。内容でどうしても3分冊になってしまうと言うより、3分冊で売った方が利益が出るからじゃないのか、と勘ぐってしまいたくなる…。


炭酸飲料  (2006.5.31)

 基本的に今は炭酸飲料を飲まない。控えているわけではなく、飲みたいと思わないのだ。それでも20代くらいまではかなり飲んでいたような。仕事で大阪で一人暮らしをしていたときも、冷蔵庫に1.5リットルのコーラがいつもあった。そして、飲めばすっきりさわやかなのはその瞬間で、次々に飲まずにいられないのだ。コカインの常用性もあるだろうけど、炭酸の刺激を欲するのだろう。

 そういえば、うちの爺さん(母方)。世代的に、おそらくそれまでは、ラムネとビール以外の炭酸飲料はほとんど口にしたことがないと思うのだが、ある時キリンレモンを飲んですっかりファンになってしまっていた。「キリンレモンっちゅうのは、おいしいのぅ。」と。

 自分が炭酸を飲まなくなったのは、確か意識的に飲まないようにしたのだったと思う。身体に悪いのは目に見えているし、少々飲み過ぎの感もあったし。飲まなくなってくると、全然飲みたいと思わないどころか、特にコーラの類を飲むのはちょっときつくなる。
 何かの席でコーラを出されたときに、飲まないわけにもいかずに飲んだのだけど、やっとの思いでコップ一杯を飲んだ。コーラの味自体もきつかった。
 しかし不思議なもんで、そんな中でも時に無性に炭酸が欲しくなるときがある。先日運動の後、のどが渇いたので水などをよく飲んでいたのだけど、それよりも炭酸が飲みたくなった。炭酸の刺激が欲しかったように思う。結局我慢できずに近くの自販機まで行き、適当なのがなかったのでジンジャエールを買ったのだった。さすがにコーラは飲みたくなかった。

 通常、身体が「~~が飲みたい(食べたい)」と感じる場合は、身体がバランスを取るために要求しているのである。そうするとあのときは、自分の身体に炭酸が必要だったと言うことか。
 あるタイ旅行の紀行本で読んだのだが、吐き気が止まらなかったときに医者へ行ったら「セブンアップを飲め」と言われたそうな。日本だとサイダーが炭酸水の代表だけど、海外では7upが一般的。炭酸を飲むことで、胃の余分なガスがゲップとして抜け、吐き気がおさまると。ん~、これは確かに納得がいく処方だ。


相手によっての態度  (2006.6.2)

 こういう輩は、普通の会社員にも多いだろうけど、バイトやパートを多く使う職場に多く見られる。相手によって態度が違うヤツである。
 相手がパートやバイトならもちろん、自分より年齢が上か下か、社会的な地位が上か下かで、あからさまに言葉遣いや態度が違うヤツである。自分がバイトに行ったところで時々そういうヤツを見かけたもんである。

 まぁそういうケースでなくても、相手が著名人か無名人かで540度(180度×3)態度というか扱いが変わるのは、出版社とかマスコミ関係に普通にあることだが。(過去雑記参照)
 そういう社員で、バイトやパートに対するとき、相手が年下なら無条件で見るからにえらそうな口の利き方をし、同じ社員の格上には腰巾着のようなへつらい方をしたりする。一昔前なら漫画にあった光景で、それも中間管理職みたいなキャラなのだが、自分が見たのは20代くらいの男が多かったり。で、そのバイトやパートが自分より年上だと、一応名前に「さん」をつけ「なんちゃって敬語」で話したりするのだが、心の底で自分の方が格上だと思いたいのがにじみ出ている。
 かと思うと、もうかなり良いお年なのに、どんなに目下の若造にでも「さん」づけで、嫌味のない程度の柔らかい敬語を使ってくれる人もいる。
 相手によってあからさまに態度の違うヤツは、いちいち腹を立ててもしょうがないことで、どうせそのうちに墓穴を掘るのは目に見えているから、自然の流れに任せるのが一番だと思ったり。

 前述までのは極端な例だけど、相手が年上か年下かで話し方や呼びかけ方が変わるのは、まぁ普通のことでしょう。自分は割合実年齢より若く見られることが多く、最近はどう見えるのか知らないが、30代の頃はほとんど20代に見られていた。それで次のような面白いケースが何度かあった。
 旅先やなんかの席で初めて話をする人で、相手は明らかにこちらより年下であるのがわかる。でも、あちらはこちらが年下と思っているらしい。それでこちらを「イトウ君」と呼ぶ。言葉も、ごく普通に年下相手に話す口ぶりである。
 しばらくはなしていると、話の内容なんかでこちらの方が年上だと気づいたようで、いつの間にか「イトウさん」になっている。口ぶりも最初よりも少しずつ敬語になってたりする^^;。別に失礼な態度をとられたわけでもないから、特に腹立たしいこともなく、その変化を面白く観察していたのだった。
「イトウ君、~~~~~だよねえ」が
「~~~~ですよねえ、イトウさん」に変わってたり^^。

 面白いのは水商売の人。ある時、友人の知人でホステスをやっている人と話をする機会があった。別にキャバレー等に行ったというわけではありましぇん。彼女たちは、ある程度の経験を積めば、ほとんど相手の年齢がぴたりとわかるらしい。せいぜいプラスマイナス1歳くらいの誤差である。ルックスやファッション、仕草などで年齢というのはかなりごまかせるものだけど、雰囲気でわかるとか言ってたような。話を始める前に、雰囲気でほぼ正確な年齢を察知すると。ん~、いろいろなプロが居るもんだと感心したのだった。


東京の水   (2006.6.6)

 意外にも、東京の水道水はおいしいらしい。長年まずいという印象が根強かったけど、近年は全国レベル比較しても、極めておいしいらしい。そういや、東○のカセッティーなる浄水器をつけちゃいるが、源水でも浄水でもたいした違いが無いじゃん、と思いながら何年も使ってたりした。
 初めて使い始めたのは10年近く前だと思うが、確かにその時は源水と浄水では味が違った。源水の方がカルキや塩素のニオイを感じた。でも、ここ数年はそれを感じなかったので、この情報には腑に落ちた。

「都内で利根川・荒川水系からの水が届く地域では、板橋区と北区の一部を除くほぼ全域に、高度処理水が供給されている。ただ、供給量は全体の約57%。「水質が元々きれいで、高度処理しなくてもおいしい」(水道局)という多摩川水系の水と合わせ、7年後には都内全域に「おいしい水」を行き渡らせる計画だ。」(朝日新聞より)

ということらしい。そしてなんと「東京水」というペットボトルまで売っていて、これが結構売れてるという。他のミネラルウォーターよりも安めで物珍しいと言うこともあるのだろうけど、それなりにおいしいと言うことなのでしょう。水道水もそのままドンドン飲んで問題はない、とうったえている。

 そういや気になってたのは、最近家庭用浄水器のCMというのをまったく見なくなった気がするのだけど??
 ま、元々「おいおい」というまずさでなければ、水道水の味には無頓着な方だったし、冷やせばたいていの水はおいしく感じるモノなのである。なので、水道水の質が良くなって良かった良かった、これから安心して飲める、という感慨があったわけではなく、へぇ~そうなんだぁ、程度なのであるが^^;;

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