超人・村田兆治  (2006.1.26)

 新聞を見ていたら、元ロッテ(現在は野球評論家)の村田兆治氏の写真が目に飛び込んできた。
 村田兆治氏と言えば知る人ぞ知る、そろそろ還暦に手が届こうという現在でも140キロの速球を投げるというとんでもない超人である。現役のプロ選手でも最速が140キロに届かない選手はたくさんいるので、復帰してもまだ通用するんではないか?という意見は多い。必殺のフォークボールだってまだ健在なのであるし。40歳を過ぎても現役を続け、150キロの速球が投げられなくなって引退したのだったと思う。考えているレベルが違う・・・。

 新聞の写真は、野村證券の一面広告で、村田氏の講演の案内をかねていた。
「夢さえあれば、青春はつづく。」というタイトルで、文面が

外国語をマスターしたい。
アラスカでサーモンを釣りたい。
山小屋を建てたい。ピアノを弾けるようになりたい。
来るべきセカンドフライを積極的にとらえるひとの目は、
みな輝いています。まだまだ現役、もう一度青春です。・・・・」

 ん?「セカンドフライ」?なんだ?と読み返してみると、「来るべきセカンドライフを積極的に・・・」だった。「野球人村田」という先入観があったので、あっさりと「セカンドフライ」と流して読んでいたのだった^^;。


見苦しい値切り  (2006.2.1)

 気のせいか最近のテレビでは、タレントやレポーターが買い物の値段を極度に値切るロケが目立つ気がする。旅番組や企画モノで、タレントが決まったお金しか持たずに買い物をするという設定だったり、そうでなくても店に行ってやたらに値切ったり。
 店側と事前の打ち合わせがあるのかどうかはわからないけど、少なくとも見ているこちら側、まぁ一般論にするのも何だから、自分は卑しいなぁ、としか感じない。まったく売れないタレントならともかく、テレビに出てると言うことはそれなりのお金はあるはずで、値切らないと生活できないことはないだろうタレントが、限度を超えた値切り方をするのを見るのはなんとも嫌なもんだ。値切るのが設定の企画であっても、必要以上の値切りを芸能人がやるというのはどうなんだ?と思ってしまう。親しみのあるキャラというのとは話の次元が違うだろうに。

 同じようなことは年末のアメ横からの中継にも言える。ああいう場では値切りの交渉も楽しみのひとつというのはわかる。でも店を中継に出して、レポーターやスタジオの司会者などが「もっと負けてよ」「もうひとこえ!」と脅迫にも似た要求をするのを見るのも、度が過ぎてるんじゃないのか?と感じる。昨年末あたりは、はっきり言わないまでも明らかに不快感を表している店主もいたぞ。市場に客としてやってきたわけでもないスタジオの司会者が、これ見よがしに全国中継を盾に脅迫しているとしか見えないのだ。番組的に盛り上げようとしているのはわかるが、調子に乗って度が過ぎている。買い物の場での値切りは「駆け引き」であっても、スタジオでゲーム感覚でやるべきモノではないだろうに。
 店側が勢いよく積極的におまけしているのだったら見ていても威勢が良くて気持ちが良い。でも、どう見ても局側のやり方は度を超していると思うのだった。こういうところでも、テレビ制作の低レベル化を感じる。


恵方巻き  (2006.2.6)

 初めてその文字を見たのは2年ほど前、地元のコンビニ店先の「のぼり」だった。「えかた巻き?…」
 なんだかもうすっかり全国区の行事になった感があるけど、明らかにコンビニの戦略のような。自分が初めて見たコンビニはファミマだったけど、全国展開して広めたのは自分のところだ、とセブンイレブンが言い張ってるらしい。

 ちょいと調べてみたところ、大正時代の大阪花街あたりの風習だったようだ。江戸末期から明治にかけて大阪の一部で行われた風習だという説もあるので、正確なところはわからないけど、大阪が発祥で広範囲でやられていたものではないらしい。
 20年ほど前に自分が大阪に3年ほどいたときも、まったく見たことも聞いたこともなかった。単に意識の埒外にあっただけなのか、でも、所属していた会社や地域の雰囲気からして、イヤでも眼耳に入ってくるはずだから、ほとんど行われていなかったというのが合ってるような。

 ミツカングループが2005年に行った調査では、「恵方巻き」の認知率は、02年の53%から05年には88%にアップ。ほとんどがこの時期に大幅に認知率を上げて、いまや全国区である。仕掛け人は「海苔業界の陰謀」「すし業界の陰謀」というのがよく言われているが、やはりセブンイレブンらしい。広島の加盟店オーナーの発案で平成10年に全国販売を開始したのがきっかけとか。主婦層の「その日は巻きずしを買っておけば夕食の準備が楽」というニーズに合致したというのが大きい模様。ま、どっちにしろ商業戦略にはめられたわけですな^^。

 日本の伝統文化を大事にして、それを楽しむのは良いことだと思うんだけど、なんか自分的には違和感が大きい。商戦にはめられてるというのもあるけど、マスコミの取り上げ方もなんか必要以上に盛り上げすぎの感があるのだ。
 なんか似たような気に入らないイベントがあったなぁ、と考えてみたらハロウィーンだった。自分的には最近日本で盛り上げようとしているハロウィーンはものすごく違和感があるのだ。流行ってるモノは敬遠するという自分の特質とは別に、なんか無理矢理楽しそうに盛り上げようとしている、という感がぬぐえないのだ。今の恵方巻きを見ていると、なんかそんなモノと共通した雰囲気を感じたり。・・・


『博士の愛した数式』  (2006.2.8)

 ようやく読んだ。この本を知ったのは昨年、作者の小川洋子氏と数学者の藤原正彦氏の対談本「世にも美しき数学」の中であった(小川氏はこの小説を書くにあたって、藤原氏に数学のレクチャーを受けていた。)。その時に読みたいと思っていたのだけど、単行本の刊行年からして、そろそろ文庫になるんじゃないかと思い、待っていたのだった^^;。
 一気に読み終えてみて、感動という表現はあたらなかった。感動という言い方じゃ薄っぺらな気がして、それよりは心に「染み渡ってくる」という感じか。感動という表現が薄っぺらなのではなく、その時の用い方の問題なのである。

 自分は数学がとても好きなのである。確かに高校時代は大得意だったからでもあるけど。(だからといって、今でも学校でやった数学が何でも出来るわけではない。ほとんどは忘れている。)それでも、大学の工学系に進んでの数学は退屈きわまりなかった。理数学科等だったら面白かったのかも知れないけど、工学部での必須科目としての数学はつまらなかった。退屈というのは簡単すぎて手応えがないという意味ではなく、数式の羅列の講義ばかりで、だからなんなの?という感じなのである。もちろん理解も出来ない。
 例えばテイラー級数だのマクローリン展開だのがあって、「○○○○が●●●の時、X=うんたらかんたら を満たす値が少なくとも一つは存在する」みたいな定理だったりするのだが、だからそれがどうかしたのか?と。いったいその公式が何を表していて、何のために意味があるのかは「???」だけど、講師は自分が著者である教科書のまんまを黒板に書き連ねて講義するだけだった。ああいうのは講義ではないと思うが。

 数学の本当のおもしろさ、良さを知ったのは社会へ出て(もちろん仕事などとはまったく関係ないが)天文物理に興味を持つようになってからだと思う。もともと天文関係は好きだったけど、その理論的な面にとても惹かれ、同時に数理関係の理論や歴史が面白くなったのだった。
 数学とはなんぞや?と言われたら「考え方」の学問なのである。哲学に分類しても良いと思う。小難しくてわけのわからない公式や定理などは、そのための道具というところか。
 意外に思うかも知れないが、日本は古来から数学大国なのである。ノーベル賞には数学部門がないのだが、それに匹敵するモノにはフィールズ賞というのがある。この賞は多くの日本人が受賞している。現代でなくても、江戸時代にも世界的な数学者が日本には何人もいた。もちろん、世界には知られていなかったから、当時のレベルでは世界トップクラスという意味だが。
 微積分を発明したのはニュートンということになっているが、実はニュートンより早く、日本の数学者で関流算法創始者の関孝和が、独自の和算で微積分を発明している。関はあまりにも実用ありきの数学だったため、廃れてしまったようなのだ。世界的にならなかった原因は、家元制度みたいになっていて秘伝になっていたというのもあるようだが。和算では他にも独自の幾何学的な発想で、極限まで正確な円周率を求めようとする算法などもとても興味深い。
 一つの値を求めるのでも、無数の発想や道筋がある。そのいろいろな考え方の学問だと思う。意外だけど、数学に関係ないような仕事や日常の考え方にとっても、とても役に立つ。
 数学というのは美的感覚がとても大事で、これは物理学にも言える。仮説をひらめいたり、理論を導き出し完成させるためにはエレガントなセンスが必要なのである。歴史上の偉大な数学者は、例外なく美しい環境(自然や生活環境)の中で生まれ育った人達だ。日本人に偉大な数学者が多いのも、日本の美麗な四季や自然環境があったからなのは間違いない。優れた数学者や物理学者には、秀逸な随筆を書く人が多いのも偶然ではないのである。

 さて、本のことから横道にそれすぎたけど、物理理論や数学理論を小説の中にうまく入れ込んだ作品はいくつかあった。でも、この小川氏の小説は本当に見事としか言いようがなかった。いくつかのそういうモノを取り込んだ小説は、大概はその理論のおもしろさを使ったり、独自の解釈だったり、つまりはあくまで理論が道具だったりする。でも、「博士の…」では、数学が、そして人間がとても美しいのである。決して無機質なデジタルではなく、本来の数学の美しさおもしろさがとても良く描かれている。そんな数学の面ばかりを強調しすぎたけど、もちろんこの小説のメインは人間ドラマであり、最大の魅力は登場人物達である。読んでいて、そして読み終わって、なんだか気持ちが優しくなるような小説だった。
 ご存じのように映画化されて、主人公の博士は寺尾聡で、家政婦が深津えり。このキャスティングを知ったとき、ちょっとテレビドラマみたいだなぁ、、と感じた。しかし小説を読んでいると、やはりこの二人がイメージの中で演じているのだけど、それが何の違和感もなく実に自然なのだった。映画自体はまだ見てないのでどうなのかわからないけど、たいてい気づくと上映は終わっていたりするのだが^^;;  →≪その2へ≫


車内の迷惑携帯  (2006.2.15)

 電車内などでの携帯電話マナーが叫ばれて久しいが、いつの間にか結構良くはなってきたのではないかと思う。もちろん、相変わらず派手な着信音を鳴らす野郎はいるけど、全体的には車内で携帯通話をしている人や音を鳴らしてるのは、以前に比べたらずっと減ったように見える。黙々とメールやネットをしている人は多いけど、周りに迷惑になるような使い方をしているのはそうは見ない。まぁ、シルバーシート付近での電源オフを実行している人は皆無に近いだろうが。(自分もその点は無頓着だったり・・・)

 そんな中で、車内で通話したり着信音を鳴らすのがいると、視線を送らないでも、一斉にそちらに不快感の雰囲気の矢が飛ぶのがわかる。いろんな面で「若い者のマナーのなさ」が言われたりするが、車内の携帯マナーに関しては、やはり中高年以上の方が悪いように思う。無頓着に着信音を鳴らしたり通話をしているのは、圧倒的に中高年が目立つのだが。中学高校くらいの年代だと「迷惑なんか知ったこっちゃねえよ」というのも多いが、2~30代あたりだとちゃんとマナーモードにしたり、電話に出なければならなくても、「電車の中だから」と小声で告げてすぐに切るのが多い。それに比べたら、会社で良い役職あたりであろう人が、平気で話していたり、こちらが恥ずかしくなるような曲の着信音を奏でたり。ああいう人は、自分を注意するような上の年代も少ないし、下の年代から注意されようものなら逆ギレするのであろう。若い衆の規範になるべき年代の人達なんすがねえ…。


本屋さんの職人技  (2006.2.17)

 町中の本屋さんというのもどんどん無くなっている。新刊本屋にしろ古本屋にしろ、妙なチェーン店はちらほら見るようになったが、昔ながらの「地元の本屋」さんは無くなっている。大型店舗の進出や、流通形式が小さな本屋をないがしろにする方式になってたり、万引きによる被害がものすごいというのが主な原因なようで。

 この近所にも地元の本屋さんというのは駅を挟んで4~5軒はあった。一軒はチェーン店であったようだが、それでも町の本屋さんという感じでよく利用していた。小さい本屋さんのおもしろさは、大型店には量で対抗できないため、本のそろえ方に特色がある点だったりする。小さい本屋なのに、文学関係の充実ぶりがすごい店もあった。
 などと書いていたら、タイミング良く新聞に「町の本屋さん」の現状についての記事があったりした。

 さて、本屋さんについて長く記憶の底に沈んでいたことがよみがえった。子供の頃は本屋に行っても漫画の単行本を買うことが多かったのだが、いつも楽しみにしている事の一つが、店のおっちゃんが紙カバーをつける手際だった。
 最近は、単純に紙カバーの上下を折って、本に巻き付けるだけだが、昔は本の背中に当たる部分の上下には切り込みを入れて、両側を本の表紙に織り込む形をとることが多かった。近所の本屋のおっちゃんのその作業が実に鮮やかだった。レジに持って行った本の背中を、紙カバーの中央にあわせるやいなや、四隅を「クチョクチョッ!」っという小気味良い紙を折りたたむ音とともに、すべてを10秒足らずで完了してしまう。無闇に早くやっているわけではなく、それで充分丁寧な仕上がりになっている。本にピッタリに巻き付いており、めくったりしても無理が来ないし、簡単に外れてしまうわけでもない。
 真似をして家でも良く同じ事をやってみたりしてみたモンだった。背中の部分の切り込みの角度や幅、四隅を織り込むときの順序や織り込む程度、強さなどをいろいろ試しながら、そこそこ習得したのだった。もちろん、おっちゃんの様に鮮やかな速さと正確さの両立は無理で、そりゃ何十年もやってるであろうおっちゃんに失礼と言うもの。
 こういうのも一つの職人技と言っても良いのではないかと思うが、考えてみれば以前はそういう目立たない技は、どの商売にもそれなりにあったのではないかと思うのだった。


工作用紙  (2006.2.20)

  今時はもうそんなモノは無いだろうと思っていたら、意外にも売っているようなので、なんだかうれしくなった。それほど知ってる人はいないかも知れないが「工作用紙」である。厚紙に5mm~1cm単位の方眼が緑色の線で印刷されていて、それを使って工作が出来る。

 何で工作用紙の事を知ったのかはまったく覚えてないが、いつも買いに行ったのはなぜか近所の化粧品屋である。今のドラッグストアの前身っぽいけど、かなり化粧品屋であった。化粧品や日用品の他、カツラ類が飾ってあったのを記憶している。カツラを売っていたのではなく、髪関係の何かの展示用なのではなかったか。そこでなぜか工作用紙が売られていて、そのことを知っていつも買いに行っていた。
 今は一枚数十円するようだけど、自分が小学生の頃は一枚5円だったと記憶している。それをいつも数枚買いに行っていたのだ。

 作るモノは、たいていがウルトラマンシリーズの戦闘機。もっとも作ったのはウルトラセブンのウルトラ警備隊戦闘機のウルトラホークだった。ウルトラセブンは、ドラマ自体も音楽もあらゆるデザインも含めて、古今東西(古!)現在でもそれを凌駕するモノがないと思っているが、その中でもウルトラホーク1号というのが一番のお気に入りだったのだった。あれは、3機が合体して一機としても飛行するもので、その「合わせ」がむずかしい。ただでさえ一機を作るのも子供には至難の業なのだが、それをピタッと綺麗に合体できるように何機も制作したモノだった。プラモデル並みに複雑な立体に作り上げるので、かなりの頭脳労働になったはずなのだ。
 貼り合わせるのはほとんどがセロテープ、後に目立たないメンディングテープを使っていたのだが、切って貼り合わせたときに、機体に施したペインティングがピタッと合い、目的とするボディのフォルムが出るように「展開図」を工作用紙に描かねばならないのだ。貼り合わせに「のりしろ」を設けてボンドでつけなかったのは、そんな部分を作って貼り合わせると、その部分だけ厚みが目立ってしまい格好が悪いからなのだ。
 もちろん最初のうちは、かろうじて何を作ったのかわかる程度の出来で、同じモノを何度も何度も研究を重ね技を磨いて、前回まではどこが悪くてどこをもっとよく考えて作らねばならないのか?に明け暮れていたような。同じモノはプラモデルでも売っていたので、それも買ったりしていたけど、自分で作り上げることに執念を燃やしていたのだ。また、プラモデルはテレビで見る機体と完全に同じではなく、「本物」よりは少々フォルムがかっこ悪いモノが多い。それも気に入らなくて、自分が納得できるモノを作っていたのだと思う。そうそう、プラモデルでは完全に3機に分離しなくて、簡単な2機にしか分離も出来なかったので、それも気に入らなかったのだ。
 作っていたのは、もちろんそれだけではなく、他の戦闘機やオリジナルデザインのモノなども数多く作った。世代がもうちょっと後だったら、宇宙戦艦ヤマトなんかを嬉々として作ったであろう事は想像に難くない。^^;

 残念ながら、物持ちの良い自分でもこれらのものは残っていない。記憶ではかなり満足の出来るレベルのモノがいくつも出来たのだけど。
 今、あれと同じ事をする根気があるかなぁ?とも思うし、いや、もっとこだわったもの作りたがるな、とも思うし^^;。小学校の2年頃から始めて、一応の自分なりの技術の完成を見たのは3年生、オリジナルを作っていたのは5~6年ではなかったか。

 時々ネットで、そのウルトラホーク関係の模型写真を見るのだが、なんか血が騒ぐのだ^^;。男のサガよのう・・・


『博士の愛した数式』2  (2006.2.23)

 というわけで、映画を観てきた。
 渋谷で観たのだが、ネットで地図を確認して行った。だいたいの目安でわかると思ったのだが、子供の頃から何千回と行っている渋谷でも、今までに一度しか行ったことのない地区だった。と、いうわけでアタリをつけたものの全然違ってて右往左往と迷ってしまった^^;。都合500m以上は歩き回ったと思われ。

 座席数300人の映画館だった。好評上映中のようだし、満員になってしまうんではないかと焦ったが、そこはそれ、平日の午前の部。30分前の入場でも自分が3人目。観衆は合計でも100人はいなかったろうけど、その少ない人数が館内の中央付近に座った。ただでさえ中央付近が見やすいのに加えて、狭い映画館なので端になると見づらいし。ほぼ満員状態なら気にならないのに、少ない人数が集中して座ってしまうと、なんだか妙に窮屈に感じるモノなのだねえ。人数的にはガラガラのはずなのに、その中央付近だけ満員御礼だったし。
 おまけに平日のお昼前という時間帯のせいか、中高年以上の女性達がほとんど。連れだって来てる人達ばかりで、なんだかカルチャーセンターかお茶会の集まりに紛れ込んでしまったみたいで、とても居心地の悪いものだったり^^;。前の席の二人のおばさんは、本編前の宣伝上映の間中ベチャベチャとしゃべっていて、後ろからけっ飛ばしてやりたくなったのだった。 しかし、本編前の宣伝っていくらなんでも15分は長すぎるのではないか?確かに、本編へ入る前の雰囲気の盛り上げにはあの映画の宣伝や劇場で観るCMというのは悪くはない。でも、長すぎる。おまけに、例えば今回の映画を見に来る客には、嫌悪感をもたれる方が多いだろうという、残虐なバイオレンス映画宣伝のオンパレード…。
 映画館ならではのテレビとは違うCMというのもあって、そういうのは独特の雰囲気で面白いのだけど、今回はCMはなくバイオレンスばかりで辟易としてしまった。

 さて、肝心の映画の中身である。率直に言って、やはり原作を読んでしまった身としては、ちょっと物足りないという印象は否めない。ただ、あくまで原作と比べてしまうからであって、映画そのものはとても良い映画だと思う。キャスティングもすばらしく適材だと思うし、良い意味で意外性のないキャスティングなのではないかと。その人以外のキャスティングは考えられないとか、ある役で演じた俳優が、いかにもその人のために用意された、まったく違和感のない配役というか。あえて言えば準主役の「ルート」役の吉岡秀隆は、どうしても「北の国から」のじゅんのイメージがあるし、子役から観ていると大人になってもなかなか子供のイメージが抜けないもんだと改めて思ったり。

 とても残念だったのは、原作の中でもっとも好きだった場面が、映画ではカットされてしまっていること。編集でカットされたのではなく、その場面に至る前にシチュエーションが変えられているからであるが。
 もひとつ、揚げ足をとりたいわけではないが、「お話」としてとても良い場面にはなっているが、博士の病気(?)からして、そのように話をもって行くのは無理だろ、という場面が最後の方にあり、それが自分的にはかなり引っかかったり。と、こんなことを抽象的に書いていっても、見た人はおろか小説も映画も知らない人にはなんのことやらなのだが^^;;。
 博士が事故で頭を打ったために、記憶が80分しか持たないというのは、脳の海馬を損傷した患者で実際にある症状のなのである(記憶を保てる時間はそれぞれだが)。映画や小説というのは基本的に作り話であるが、その作り話が「活きる」のは「背景」をきちんとリアルに描いているからなのだと思う。お話にあわせて都合良く「背景」まで変えてしまうと、とたんにリアルさを欠いて「あれ?」と思ってしまうもので、今回のその点はどうなんだ?と思ったり。監督もその点はわかってて、あえてやったのだと思うが。

 原作と映画の両方を観たことがある、というのは滅多にないのだが、たいていは原作を先に読んでしまうと、映画に失望するというケース。先に原作を読んで映画を楽しみにしていて、それでも期待を裏切られなかったのは、ジョディー・フォスター主演の「コンタクト」くらいのもんである。あの映画の場合は、映画用に再構築されているというか、そもそもそのまま映画化は、難しい物理学の場面が多すぎて不可能だと思われたし。

 今回の映画を観て、改めて短時間に物語を収めるという難しさを感じた。書籍と映画を同じに比較するのがそもそもおかしいのだが。ちょっと、批判的な書き方にもなったかも知れないけど、映画としてはとても良い映画だったのだ。通や批評家がどう評価するのかは知らないが、楽しむのが目的の素人としては「観て良かった」映画なのである。原作で小川洋子氏が書きたかった思いも、監督の思い入れで昇華されて、きちんと伝わっているし、映像((風景や人間自身)も綺麗で後味の良い映画である。ロケ地も初めて見る風景ばかりなのに、なんだかやたらに懐かしい良い思いも感じた。

 そうそう、今までそういうことを感じた記憶がないのだけど、ある程度原作の再現を望んでいるとはいえ、本の中のセリフをそのまま正確に俳優にしゃべられると、なんとも言えない違和感を感じてしまったのはおかしかった。まるで丸暗記したセリフを機械的にしゃべっている印象というような。


小説の日々  (2006.2.25)

 本は良く読む方だと思うが、読書分野では小説の割合は低い方である。以前にも書いたけど、それでも時々小説三昧になる時期がある。面白い作家に当たったときに、その作家近辺を読みあさったり、SFとか特定の分野にはまる時期とか。
 昨年の秋頃から、少しずつ小説を読む機会が増えてきた。基本的になんとなく小説を読む気が起きないときが多いのだけど、いい小説を読むと「やっぱり小説は良いな~」と思ったりする。

 たいていの読書家は、自分が好きな作家を聞かれると、即答えられる人が多いと思うのだけど、自分は結構迷う。時期によって好きな作家が違うので、一貫してこの作家が好き!というのがあまり無いからか?
 そういうわけで(どないなわけやねん?)、最近は小説関係の本を買うことが多い。以前読んだ本を、間違えてまた買ってしまうということはたまにある。以前読んだことを覚えてないからだったりする^^;。ま、小説関係ではあまりそういうことはないのだけど、椎名誠のエッセイの「新宿赤マントシリーズ」ではかなり迷うことがある。どれもこれも似ていて、頭に残る内容ではないので^^;。
 また、良く本屋に行くので、買わなくても何度も眼にする本があるので、読んだことある本と無い本がごっちゃになることがあったり。 それでも、読んだことがあるのをわかっていて買うのもある。それは、処分してしまったけどまた読みたくなった本なのだ。

 先日、書店の文庫コーナーを徘徊していて、ふっと思い出した作家があった。「白い牙」「荒野の呼び声(または「野生の呼び声」)」のジャック・ロンドン。昔、最初に読んだのは「白い牙」で、確かタイトルにひかれて買ってみたのだったか。で、読んでみてはまったのだ。続けて「荒野の呼び声」を買い、またまたいろいろ探したけど、ロンドンの本はほとんど邦訳されておらず、されていてもかなり以前に絶版になっており、他の作品を読むことは出来なかった。基本的に狼を主人公にした動物文学が中心の作家で、作中の狼にすごく魅了されたのだ。
 以前買ったときも文庫で、文庫ならまたいつでも買えると思って処分してしまったのか、家で探してみたら無かった。それでまた買おうとしたのだけど、残念なことに「白い牙」だけで、後は絶版になってしまっている。正しくは絶版ではなく重版未定という事になっているが。以前はまったときは、洋書の原書なら何とか他の作品も手にはいるので、買ってがんばって読もうかと思ったほどだったのだ。んでも、その原書が異様に高かったので買わずじまいに。
 現在でも、ロンドンの評論本はいくつかあるようだけど、別に評論を読みたいわけではなく作品を読みたいのだ。英国文学の棚を隅から隅まで探してみたけど、まったく見あたらなくて、よく調べたらアメリカ文学だったりした^^;;。作品から受けるイメージが品のある英国的で、名前がロンドンだから惑わされた。
 ん~、なんだかまた探すのに燃えそうな。ネットではまったく見つからないし。

P.S.
そういや以前ネット仲間が言っていたのだけど、この雑記などに読書好きな事が書いてあるので、実物のワタクシを見る前は、青白い文学青年的なヤツかと想像していたとか^^;。


自分のテレビ   (2006.2.27)

 もちろん、家庭の経済事情や教育方針なんかで違うだろうけど、今時の子供で、自分の部屋に自分専用のテレビを持つのは、何歳くらいなのだろう?早い子なら小学校低学年で親が買ってくれるかも知れないし、テレビを見るなどとんでもない!という親もいるだろうし^^。

 自分の場合は良く覚えていないのだけど、高校の半ばくらいではなかったかと。それも新しく買ったものではなく、家のテレビを買い換えたのに伴い、瀕死で何とか写る古いのを自分の部屋に入れたのである。まだチャンネル式だった。自分も物持ちはいいけど、我が家も全体に物持ちが良く、そのテレビも10年以上は使っていたのではなかったか。そのテレビ以前にうちにあったのは、確か真空管式のテレビ(カラー)だったかと。

 普通テレビは、地上波ならば屋根の上のテレビアンテナが必要だけど、それに繋がない場合はテレビの上に置くような小さいアンテナに繋いで調整をした。いまでもそんなものあるんかな?映りは悪いけど、使わないよりはましという代物である。なので、自分の部屋に置いたテレビにもそれを繋いだ。(ちなみにうちは未だに地上波だけである。今でもそれほど見たいわけではないし。母親はいろいろ見たいだろうけど、あれこれチャンネルが乱立すると混乱するだけだし、そもそも操作などできない。)
 他の同世代の連中や今の子供がどうなのかは知らないけど、自分の部屋に自分が好き勝手に見られるテレビを置くというのは、なんか新しい生活のような新鮮さがあったのだった。普通なら家族が見るテレビをチャンネル権を調整しつつ、しかも深夜まで見るということも自由ではない。
 それが好き勝手に見られ、怪しい深夜番組まで見ることが出来るのだから、こんなワクワクすることもそうはないのである。だからといって、本当にそんなにいろいろなモノを見、深夜のエロそうなモノもたくさん見たかというとそうでもなかった。結局はそういうシチュエーションが欲しかっただけなのだろう。

 そのテレビはチャンネル式であることは述べたが、回しているうちに「遊び」ができてきた。ガチャッガチャッと回る前に数ミリ反応が無く回る遊びが出始めたのである。最初は片方向だけだったのが、そのうちに両方向に遊びが出て、数ヶ月もしないうちに、くるっと廻って折れた。軸が疲労していたのだ。チャンネルのつまみが取れた内側には、折れた軸が見えている。そして今度はその軸を直接ペンチでつかんで回していたと記憶している^^;。そんな事を続けるうちに本格的にまともに映らなくなった。

 それからすぐだったのか数年後だったか覚えていないが、今度は新しいテレビを、しかもチャンネルではなくボタン式のを買った。世の中のテレビはボタン式に変わりつつあった。そのテレビは、就職して関西支店勤務になったときも帰京したときも一緒に移動した。そして、完全にお釈迦になった20年後くらいまで、つねに自分の部屋で映像を映していたのであった。
 ステレオタイプだったのでスピーカーが二個ついていたのだが、それを取り外して実験的なスピーカーボックスを作ったときに繋いでみたりして利用し、本体は物置に眠ったままだったのが、昨年大量に家中の粗大ゴミを処理したときに引き取ってもらい、ようやく成仏したのだった。

雑記帳53< エッセイメニュー >雑記帳55