またまたA画廊後日談  (2005.12.2)

 以前の雑記帳、「新人のせい?」には、A画廊についてのあれこれの後日談を書いたのだけど、さらに後日談があった。

 今回の個展に、過日、有楽町の浮世絵画廊経由で絵を買ってくれた人が来た。何故に、自分の絵が浮世絵画廊経由で買われるのか?実は、この方もA画廊の被害者であったのだ。(被害者という言い方もなんだけど、精神的被害者ということで)

 絵を買ってくれたIさんは、日本橋A画廊のHPを見て、自分の絵を買おうと思ってくれた。ところが、「新人のせい?」にも書いたように、その時はとうに契約は破棄しており、買おうにも買えない状態であったのだ。A画廊は管理がいい加減であったので、契約が切れているのも知らずにこちらに売買の件で電話をかけてきて右往左往し、Iさんへの連絡をまる一日以上放置した上に、該当の作品は「売れてしまった」と告げたという。その画廊で、他のお客さんに売ってしまったと言うことである。
 しかし、対応のいい加減さとおかしさに疑問を持ったIさんは、自分の足で信用のできそうな画廊を探し(画廊というモノに不信感を抱いたらしい)、浮世絵版画画廊に相談した。その画廊(W画廊)は、意外に簡単にこちらのHPにたどり着いて該当作品を見つけ、Iさんへ仲介した。その時のW画廊からの連絡や対応は丁寧で、さすがに100年近くも営業しているだけのことはある。こちらからは絵だけをW画廊に売り、画廊側は額装をして、額装などの実費のみを上乗せしただけで仲介料は取らずにIさんに渡した。Iさんから聞いた購入価格からして、確かに仲介料は取っていない。A画廊でひどい目にあっただけに、Iさんは痛く感動したという。本当のところはわからないけど、おそらく本来は浮世絵を扱う店であるので、今回の仲介は正規の自分の店の業務ではなく、困って相談されたお客さんへのサービスと位置づけたのではないかと。何よりも大事で、商う自分自身の喜びとなるのは、お客さんが本当に満足してくれることであって、結果的に信用が高まって商売もうまくいく。これこそが本来の商いの心だと思うのだ。

 さて、腹の虫の治まらないIさんはA画廊に電話をし、A画廊の言い分では「売れてしまって」買えないはずの絵を、他で見つけ購入したことを告げた。社長は他人事のように「それは良かったですね」と吐き捨てたという。
 それを聞いてますます腹が立ったそうだが、こちらも怒りがぶり返してきてしまった。違法な商売をしているのではないとはいえ、おそらく作家にもお客にも迷惑をかけ続けているという自覚の全くない社長と会社であるし。
 HPを見ると、作品の鑑定なんかもやっている模様。その方面でのトラブルも予想がつくなぁ・・・。HPを紹介できないのが残念なところ^^;。


紅白  (2005.12.5)

 とうとうNHKも、みのもんたにくだったかという印象だった。なにしろ今までNHKが出さなかったのか、みのさんが出なかったのかわからないけど、出たこともなかったのだから。
 んで、前にも書いたけど、自分はもう25年以上は紅白は見ていない。魅力を感じなくなったのが最大の理由だったか、メジャーすぎることへの反発心だったか…。
 今年の出場者の選考を見てみると、なんだか一層の視聴率低下が早くも見えたような気もする。司会者をみのもんたにする以外は何も考えていないような?と言っても、興味がないから、それ以上気にして見たわけでもないけど。

 気になったのが放送開始時間。7:40??なんでこんなに早いのか?異常に放送開始が早くなって久しいけど、低迷の原因はそこにもあると思っている。
 そもそもよく言われているように、視聴率が下がったと言うことで人気が無くなったという見方はおかしい。以前は紅白以外に競争相手がいなかっただけで、今は裏番組の選択肢も増え、ビデオも普及しているからそれで見る場合もあり、そもそも大晦日にテレビを見るだけの人が減ったと言うことでもあり。視聴率だけを言うのなら、以前が異常であって、今はむしろ健全だと思うのだが。

 自分が紅白を見ていた時代は、放送開始は9時だった。終了が11:45だから、2時間45分。それで短いと感じたことはないし、それなりに大晦日の風物詩として見る価値もあった。出演者が倍増したわけでもないのに、現在はこれだけ時間が延びたのは、よけいなこともやりーの、水増しもしーので、薄めただけなのではないのか?・・・と、見てないからいい加減な批判をしているけど。昔は、まだレコード大賞が権威を持っていて、TBSでレコード大賞が終わると同時に歌手達がハイヤーやバイクに2人乗りででNHKに向かうというのが恒例だった。そういうテキパキとした緊迫感もよかった。

 いま、本当に真剣に紅白を改善したいのなら、以前のように放送時間を圧縮するのが一番だと思われ。だらだらと長すぎて、見るのに疲れるというのだってあるだろうし。


アクロバット転倒  (2005.12.7)

 チャリで転ぶ人は数々あれど、自分のほど見事な転倒をしたやつもおるまい。

 たしか中学の頃ではなかったか。近くの郵便局の脇の道を走っていたときだった。その時の自転車のカギは、今ではほとんど見ないであろうが当時は主流だった、金属棒をカチッとタイヤのスポークの間に入れるやつだった。カギをかけていないときには、金属棒は表側に出ている。そのカギ全体は、前輪を支えるフレームに金属帯で固定している。

 さて、ルンルンと走っていると、突然フレームをくわえ込んでいるカギの「金属帯」がゆるんだのであろうか、クルッと回転して金属棒が出ている方がタイヤの方を向いた。そして瞬時に前輪をロックしてしまったのだった。
 走っている自転車の前輪が、突然完全にロックされたと想像して見るべし。前輪は固定されたまま、その前輪を支点にして自転車は縦に回転を始めたのである。すなわち前輪はその位置のまま、後部が前方へ向かって円弧を描いたのだ。搭乗者である自分は、サドルに座ったまま、一瞬逆さ吊りである。その状態で2~3秒、上下を逆まさにして自転車に乗っている小生がいた。と、記憶にはあるのだが、2~3秒なんてそんな長くその状態なはずはないし、そのまま見事に座ったまま縦に回転したら、頭から地面に激突しているはずなので、記憶が脚色されていると思われる。事実は、おそらく縦に回転する自転車によって、前方に投げ出されたのであろう。

 ひとつ印象的だったのは、実に不思議な光景を見た小さな男の子が、ぽかんとこちらを見ていたことだった^^;;


めんつゆ  (2005.12.9)

 先日、醤油が無くなったので、買い置きしてあった大きいボトルのを開けた。プラスティックのプルタブを開けたときに、指についたので舐めたら、… 醤油にしちゃぁ甘いじゃぁないかぇ!と、いうわけでめんつゆだった。^^;; ずっと気づかんかったぞ。・・・

 さて困った。めんつゆなんてそんなには使わない。おまけに一旦開けたら消費期限が結構短い。おまけに、小さいボトルのめんつゆがまだある。

 その後冷蔵庫には、そのあとに買った醤油の大きいボトルと、同じ大きさの今回のめんつゆが入っている。先日、肉じゃがを作ろうと醤油をとったら、取り間違えてめんつゆだった。いつもは醤油を使うのだけど、めんつゆでも作れないか?と思ってボディに貼ってある説明書(?)を読んだら、肉じゃがに使うときの分量が載っていた。おおそうか!めんつゆは結構いろいろに使えるのか!今までは、うどんのつゆにするか、納豆にちょこっと入れるか、あとは天つゆにするくらいしか使ってなかったのだった。

 というわけで肉じゃがに使ってみると、旨いではないか!醤油で作っていたときは、旨いけどなんかあか抜けないというか今ひとつだなぁ、と思っていたけど、めんつゆで作るとまろやかで、なんかお店の味だった。

 ん~、典型的なけがの功名でしょうかねえ^^;;


愉快犯  (2005.12.12)

 昨今増えてきた「愉快犯」だが、その意味はご存じの通り「犯罪そのものが目的ではなく、その行為によって騒乱を招き、騒いでいる反響・リアクションを楽しむことが目的の犯罪。また、その犯人。」のことである。

 初めてこの単語を聞いたのがいつなのか、まったく定かではないのだけど、当初は字面だけ読んで「犯罪には違いないが、思わず笑っちゃうような内容の犯罪。法律上は重罪でも憎めない笑える犯罪。」のことだと思っていた^^;。友人は「面白くて愉快な犯罪者」だと思っていたとか。

 ん?そこのあ~た。これを読んで、初めて自分も思い違いに気づいたとか?^^


偽造仕事  (2005.12.14)

 にわかに偽造設計建築問題がクローズアップされている。言っちゃ悪いが、現在の社会制度が必然的に生んだ結果ではないかという思いもある。社会制度というか、現在の社会の仕組みというか。(ちょいニュアンスが違う)
 原因は明白で、何でもかんでも「お金」の世の中になってるからであって、「誇り」というモノが無くなってるんでしょうね。日本人が本来持っていた、自分の言動に対する「誇り」は「恥の文化」も関係していたと思う。良い意味の「恥」の感じ方で。
 誰にもわからないとしても、いい加減な仕事をすることは、自分自身への恥だ!ってのがあったはず。自分も、印刷関係の職人仕事をしていたとき、社員の時もフリーの時も、「自分が仕上げるモノでおかしなモノを出せるか!」って意識はあった。自分への恥(自分自身の満足)もあるが、会社の利益云々の前に、それを得意先へ納めに行く営業さんに恥をかかせられないというのもあった。営業さんに恥をかかせられない、より一歩進んで、気持ちよく胸を張って納められるようにしたいというか。

 その自分への誇りや、仲間やお客さんへの思いやりが持てなくなったのは、やはり「大きくなりすぎている」からかと。いまの社会の仕組みが、あらゆることの規模を大きくしていくのが良いということになってるからだろうけど、規模が大きすぎて、意識の及ぶ範囲や「制御」がきかないのであって。当たり前の思いやりや日常の感覚を持ち込んでいたら、たちまち利益が上がらなくなってしまう。チャップリンが、高度産業の世の中で人間が歯車として働かされる様子を風刺し、その頃よりは人間らしい働き方のできる社会を目指したはずなのに、どうなんだ?まったく改善されていないどころか、規模が大きくなってよけいにひどくなったとも言えるのではないのだろうか?

 以前から、現在の世の中の仕組みを改革というか、より「普通」にできるとしたらアジア発だと思っていた。日本人の本来の感覚でもそれはできると思っていた。欧米の価値観ではもう限界で、一時的には良くなったように見えても、結局は根本の思想(宗教的な影響か)からしてそれは無理ではないかと。結局は何かが何かを支配して発展するという思想でしかないような気がして。何かにつけ、白か黒か?と単純すぎるし。大本の思想が、人間は神の僕で厳密な契約を交わしており、神の意志に従うものと言うのが根元だし。どこから変わるにしろ、緩やかではなく、一度はそれまでの仕組みがぶっ壊れるくらいのところまで行くだろうから、なんか日本がそのぶっ壊れるところまで行きそうかなぁ?と思ったり^^;。バブルがはじけたり、政財界のあらゆる腐敗が浮き彫りになった頃は、「膿」を出して改善できるとても良い兆候だと思ってたけど、なんだか今の状態はそれよりもさらにおかしくなっていて、膿を出したどころではないモノなぁ。

 話はそれるが、巨額損失を出したみずほ証券の株売買ミスも、確かにシステムの不備やチェック体勢の問題はある。でもちょっとまて。ミスだとわかっていて大量に株を買って大儲けした連中がたくさんいるのだ。その中にはこともあろうにれっきとした証券会社もいる。合法ならば何をやっても良い、という世の中だと言うことなのだ。完全なミスで、それにつけ込めば自分は得をするけど、どうにもならないドツボにはまる人達がいるのはわかっていて、でも、合法だからいいのだ、ミスしたやつが悪いのだ、という理屈の方がまかり通っているのだ。
 偏見を承知で言うと、これはどう見てもアメリカ発の価値観だと思うけど、そういうのは大手を振ってありなのだ、という世の中のあり方は悲しくないか?相手のミスとわかっていて大量に株を買って大儲けをしている証券会社が、「そういう姑息な手段を平気でやる会社なのだ」と信用を失わないのがとても不思議なのだった。甘い考えだと言われようが、法の抜け道を縫って自分だけが利益があれば良いというあり方は悲しい。
 自分が同じ利益をあやかれる立場にいたら、現在の感覚を持てていたらとてもそんなことはできない。誰にも非難されずに得をすることができるとしても、そういう利益の上げ方をした恥知らずの卑怯者なのだ、という自分に対する刃を抱える方が、差し引きで考えたら大きなマイナスになるからなのだ。


納豆  (2005.12.16)

 納豆が大好きなのである。関西方面は納豆が嫌いという伝説があるが、これは本当だった。
自分が大阪にいた頃、大阪では納豆と言えば甘納豆のことだったり。
 新入社員時代、自分の教育担当の課長代理には「腐ってるモンをなんでわざわざ食うねん」と言われたり^^;。でも、近年は大阪人も割合食べるとも聞くが。

 納豆の食べ方は各家庭で特徴があるようだけど、うちでは昔から納豆+ネギ+卵+からし+醤油であった。最近自分では、卵はあまり入れず、大根おろしを混ぜたりする。いろいろな薬味をブレンドして、それが絶妙だったときは最高なのだ。
 こないだ、なに気にごま油を入れたらうまいんではないか?と思い、気まぐれにチョロッと垂らしてみたら、これがいける!もうちょっと多かったらしつこかったので、微妙にバランスが良かったのだった。セロリを入れるのも旨そうだにゃぁ。

 東北地方では砂糖をたくさん入れるところもあるのをテレビで見たことがあった。粘りが固めになるようだが?
 これもテレビで知ったのだけど、マヨネーズの混入。これを言うと、たいていの人はマユを潜める。ところが試したことがあるのだけど、結構いけるのだ。もちろん混ぜる分量加減があるけど、粘りがふわふわになり、少しまろやかになる。マヨネーズを入れたというのはほとんどわからなかったり。

 納豆を使う料理はいろいろあるけど、納豆そのものを楽しむ薬味のバリエーションはあまり聞かない。これぞ!というのがあったら、是非教えて頂きたいもんである。


nekoさん 12/17(土) 16:14
北大路魯山人によると、
用意するのは、湯呑み型の器と小粒の納豆。
まず、260回混ぜる。
次に、しょうゆをほんの少したらして、35回。
さらに、しょうゆをちょいとたらして、35回ぐるぐる。
もう一度、しょうゆをたらして、25回。
でもって、からしを加え、65回。
最後に、薬味を入れて、仕上げに10回かき混ぜる。
計430回。
~~~~~~~~
これ 弟子に やらせていたそうな。。。

May*さん 12/18(日) 22:57
納豆+刻んだ白菜の漬け物
納豆+ねり梅干し
でも、一番食べるのは
納豆+生卵+ネギ ですな。


冷蔵庫の日々 1/2  (2005.12.19)

 この冬の日本列島は気象庁の予報とは裏腹に、何十年かぶりの大寒波に見舞われております。それでも年明け後は暖冬傾向との予想もあったりするが、これもどうだか。

 そんな寒い日々の中、我が家の暖房が一斉に壊れた。昔は石油ストーブを使っていたりしたのだけど、18年ほど前に今の家に改築したとき、東京ガスのエアコンになった。暖房で使うときは、表にあるボイラーが温水をエアコンに供給するのだが、全室のエアコンがひとつのボイラーにつながっている。そのボイラーも去年の7月に新しいのに換えたのである。

 12月10日の土曜日の朝、タイマーでついた部屋の暖房が、しばらくして止まった。ある程度暖まると、一旦止まったりまた暖めたりするから、それだと思っていたが、いつまで経っても動き出さず、部屋は冷えてくる。なんじゃ?と思って設定温度を上げていっても、ウンともスンとも言わない。そろそろ起き出す時間になって、階下のリビングに行くと、そこも名残で暖かいが暖房は消えている感じであった。またなんじゃ?と思って、台所にあるボイラーのリモコンパネルを見ると「点検」ボタンが点滅している。これが点滅しているときは、ボイラーに給水が必要な時が多い。交換する前の古いタイプは、ボイラーの給水口から水を補給してやらねばならなかったけど、交換した新しいのは自動給水である。ボイラーを見に行ってみたが、どうすることもできない。
 そんなこんなで、一応すべてのエアコンのスイッチを切ってみると、20分後に回復して暖房は使えるようになった。

 我が家のそういう関係の諸々のモノは、何かあったときは、とある業者さんが一括して面倒を見てくれている。東京ガスの下請けのH設備会社だが、とても誠意がある。(それに反して地元の東京ガスの営業所の対応は…ノーコメント…)
 一応勝手に回復はしたけど、同じケースの場合はどう対応するべきなのかを電話で聞いてみた。通常はそのような状態は出ないはずなので、また同じ事があったら連絡して欲しいと言うことだった。

 その日はその後普通に動いていたのだが、翌朝、同じように止まった。そして、またすべてのスイッチを切ってみたが、まったく回復しない。困ったことに日曜なのである。これでは業者さんも来てくれないじゃん・・・と思ったが、念のため電話してみると、ほぼ平日同様の電話対応がなされていた。(休日対応なので、要員は限られているけど)
 状況を説明すると、午後3時頃には来てくれると言うことだった。しかし、前日は20分で回復したのだが、その日は5時間近く回復しなかった。良くあることで、業者さんが見に来る直前に回復して動いたのだ^^;;;。

 さてさて、不具合はエアコンだけではなかったのだった。板の間のリビングは、冬にとても寒いため、フローリングタイプのホットカーペットも併用していた(床暖ではない)。それが、エアコンが故障し始める前日の金曜の夜に、急に暖まらなくなったのだ。通電しているランプはついているけど、まったく暖まらなくなった。いじれそうな部分は電線しかなく、どうにも個人で修理は不可能だし、修理に出したところで数週間単位はかかるだろうし、そもそも高額になるのは目に見えていた。なので、これは買い換えることを考えていた。その矢先に家中の暖房までいかれたのだ。
 ずっと暖房はエアコンを使っていたため、他の暖房機は、ほとんど使っていない小さな電気ストーブとオイルヒーターだけである。どちらも強烈に電気を食う^^;。しかも、家の中だけなら何とか自力で歩ける母親は、リビングで一日を過ごしているため、そこにその残りの暖房機を置くしかない。その二つを置いても、なんとか暖かいという程度なのだ。
 それ故、暖房が動き出すまでの5時間、部屋でやることのあったおいらは、オーバーを着込んでふるえていたのであった^^;;。
(つづく)


冷蔵庫の日々 2/2  (2005.12.21)

 3時頃、H設備会社の人がやってきた。状態を説明すると(前日来た人に聞いていたようだが)、普通はあまり無いような症状の様だった。なにより困るのは、「止まったり止まらなかったり」することなのだ。止まるなら止まるで、潔く故障していれば手の打ちようはある。んだけど、それが症状が出たりでなかったりでは原因の究明は困難になる。
 考えられるのは部品の問題なのだけど、日曜でメーカーが休みのため、そのボイラーのメーカーの部品の調達ができない。来てくれた人は、ガスの調節をしてみて、燃焼の実験をしたらかなりうまくいったので、それで大丈夫かも知れないという。それでまた問題があったらすぐに連絡してくれと。
 それで帰っていったら、30分も経たないうちに止まってしまった^^;;;。

 すぐに会社に電話するが、先ほどの人は今日の予定をすませて帰ってしまったとのこと(日曜の対応要員なので)。なので、うちの担当の人に翌朝一番で連絡させると言うことだった。
 困るのは暖房がほとんど無いこと。しかも例年になく寒くなっている。その会社でも、緊急に備えてお客さんに暖房機を貸し出したりしているが、あいにくほとんど貸し出している。それでも、何とか2台の電気ストーブを調達できたらしく、夕方遅くに営業さんが持ってきてくれたのだった。
 普通ならそれで乗り切るのは少々厳しいモノがあるのだが、それまで最小限の暖房でしのいだので、なんと有難かったことか。こうしてみると、真冬に被災して避難生活を送っている人はどんなに大変かと思ってしまった。それに比べたら、少なくとも問題なく夜露をしのげ、寝具にも事欠いていないのだし。

 H設備会社は8時45分に始まる。かかってくるはずの電話はかかってこない。9時半頃に電話してみると、電話応対の女性は「かかってきませんでした?!」と驚いていた。数人の会社では無いだろうに、一旦電話を置いて社内に聞いて廻ったのではないのに、事情を知っていたのにはこちらが驚いた。至急連絡させると言うことだったが、やはり15分以上経ってもかかってこないので、また電話すると、まだかかっていないことに驚き、しかも前日の電話応対の人が告げたうちの担当員が違っていたらしい。また、メーカーでないと修理はできないので、メーカーの者に行かせるという。「ワタクシ、Tと申しますが、私が責任を持って連絡をつけて手配をいたします」とキッパリと約束をした。
 普通の会社なら社内の不手際があったときは、電話受付担当は単なる受付だから、他のことはわかんな~い、という感じなのだが、この女性の場合、またあれこれ社内で連絡をしたりすると、二度あることは三度ありかねないので、再びご迷惑をおかけしないように電話を受けた自分が落とし前をつけます!という感じだった。
 ただ、その日は会社の人員もめいっぱいで、メーカーからこちらにかかってくる電話も夕方になると言う。何でもそのメーカーからの客への電話はいつも夕方、それも遅いと7時以降になると言う。メーカーは殿様商売なのか?!!

 夜は7時も過ぎようとしていた。なんか、客が困ってるのわかってても、自社の都合で夕方に電話をしてくるようなメーカーな様な気がして、もうかかってこないんじゃないか、と諦めていたときに電話があった。次の日(月曜日)の午後2時に来るという。
 翌日、前の現場が早く終わったとかで、予定よりかなり早くやってきた。原因がよくわからないので修理ができませんでした、なんて言い出さないだろうなと不安でもあった。
 少し遅れて、H設備会社のうちの担当らしい人もやってきた。二人して、表(家の裏)のボイラーを開けて、あれこれ検討しているらしい。やはり原因はよくわからないのだろう。
前日来た人も言っていたが、ボイラーのコンピューター部に記録が残っていて、異常な動きをしたことはわかっている。その原因がわからないのだ。意外にも長い時間を費やして、いろいろ試したりしたようだが、2時間ほどして終わった。

 結局、本当の原因はよくわからなかった。ただ、考えられるのはコンピューターの基盤の問題なので、それをそっくり交換したという。「機械」部分にはまったく異常がないので、あるとすればそれを制御している基盤なのだ。自分もコンピューターの仕事をしていたから、コンピューターが信頼できることはあり得ないとわかっている。しかも「機械」のように動きが目に見えないので、問題があっても見つけるのは困難なのだ。

 さて無事(?)に修理は終了し、代金はもちろん一切無料である(保証期間はどれくらいなのか知らないが)。メーカーの人は、前日に電話してきたときから、そして当日もしきりに「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と言っていた。ただの形式的なお詫びの言い方ではなかった感じだった。その人は技術屋なので、自分たちが作り上げたモノで使用者に迷惑をかけた事が、本当に申し訳なかったのだと思う。

 と言うわけで、その後は問題なく稼働しているのであった。新しいホットカーペットも、ボイラーの修理に来る直前に届いて、一斉に壊れた暖房機群は一斉に使えるようになったのだった。こう書くと、タイミングもぴったりでめでたそうだが、壊れる時期がずれるとか、せめてホットカーペットが使える状態だったらかなり違ったんだよなぁ・・・。
 ま、その数日後から数十年ぶりの大寒波なので、それに間に合ったのがせめてもの救いだが。(了)


芸能人?   (2005.12.23)

 10歳の女の子が教室に参加した。
途中で彼女は聞いてきた。

「せんせーは、、、、芸能人?」

 ・・・・・・「は??」

 「芸術家?」と聞きたかったらしい。^^;;
(芸術家でさえないけど)

雑記帳51< エッセイメニュー >雑記帳53