いらっしゃいませこんにちわ  (2002.8.14)

 最近、ここ数年の傾向だと思うのだが、店に入るとやたらにそのように声をかけられる。以前はどこも「いらっしゃいませー」だけだったでしょうに。
 初めて「こんにちわ~」まで付くお出迎えを受けたのは、チェーン店の「珈琲館」。店内に入るやいなや「いらっしゃいませ、こんにちはー」などと声をかけられたもんで、「えっ?、顔見知りだっけ?」と思わず店員の顔を見てしまった。
 だんだんそういう店が増えてきて、一番うざったいのが、古本屋の大チェーン店の「ブック・オフ」。清水国明がヘビーユーザーだと言っている店だ。
 あそこはどこの店舗へ行っても、入ったときはもちろん、四六時中寝ても覚めても店員が「いらっしゃいませー、こんにちはー」をわめいている。かなり耳障りだし、かなり不自然なのだ。「いらっしゃいませー、こんにちはー」と言うだけでも不自然に感じているのに、大声でわめきあっているのでかなりうざったい。そうわめきながら本を整理したり荷物を運んだりしているのだ・・・。なんかお店の挨拶の仕方がどんどんおかしくなっていると思っているのは自分だけだろうか?
 店員が過去形で応対するのが変じゃないか?と前に書いたが、それなどはかわいい方で、何なんだろう?少しでもお客に親近感を持ってもらおうとでも思っているのだろうか?
 でも、その挨拶が結局マニュアルどおりとわかるので、こちらとしてはかえって距離感を感じてしまうのだが。
 珈琲館でその挨拶に出会ったが、最近行くようになった世田谷線「松蔭神社前駅」の(こりゃまたローカルな話で)珈琲館は、そういう型どおりの挨拶はしない(その後、他のカフェに変わった)。ちゃんとお客一人一人に対している感じがする。
 店独自の挨拶では、居酒屋の「庄や」(だったと思う)でオーダーを出すと「はい!喜んで!」というのは好きだ。他の地方ではなんと言っているんだろう?

 「こんにちはー」で思い出したが、高校のとき、体育会系クラブは先輩に対する挨拶が「ちわー~!」だった。もっと正確には「ちわー」の”わ”の母音が“a”と“o”の間である。“a”で「ちわー!」と言うとカワユクなってしまうのはわかると思う。ややあごを突き出す感じで口先でリキむのだ。
 登校や下校時に、道で先輩が先の方を歩いているのを見つけたら、全速力で走って追いつき、「ちわー~!!」と力んでから最低でも50メートルは先の方まで全速で走って進まねばならない。誰がそんなルールをつくったんだ?
 それが自分たちの二年生の頃から「こんにちわー!」になった。これはかなり奇妙だった。なんでもガラが悪く見えるから変えたとか言う理由らしい。「こんにちはー!」では間延びするので、「こんんちわ!」と早口でゴニョゴニョ言っている感じになる。しかもリキみようも無い。
 高校は駅から住宅街を通って行くのだが、おそらくあちこちで坊主頭の連中が「ちわー~!!」「ちわー~!!」とわめきながらバタバタ走っていたから苦情でも出たんじゃないだろうか?他の学校の体育会系ははどうだったんでしょうかねえ。

 ちなみに自分は法政二高で、当時大学にはまだ江川卓氏がいた。一度、高校で全校生徒が神宮に応援に行かされたものだ。江川氏のしなるような投球フォームと糸を引くような速球は今でも目に焼きついている。
 もちろん、高校の野球部などというものは(少なくとも自分の高校は)、補欠であれなんであれ先輩は絶対で、まるで先輩と母校のためにやっているような感じだった。口答えは許されず、何か先輩のためにやったとしても、当然の行いだ。(練習が終わった後とか、それなりに一緒におちゃらけたりはしてた様だが)
 大学でも、似たような封建制が普通だったようだが、江川氏は違ったようで、後輩が手を貸してくれたりしたときは、ちゃんと「ありがとう」と言っていたという。なにを当たり前なというなかれ、体育会系では(少なくとも)当時では稀有なことだったらしい。だから、逸話として伝わってきたのだ。
 要するに江川氏は、先輩後輩という関係は普通の社会と同じ感覚での最低の礼儀だけで、接し方は常識的だったらしい。
 以前、巨人入りしてヒールなイメージをもたれていた江川氏だが、当時女優の藤田弓子さんはトーク番組で「あの人を嫌いでいたかったら、会っちゃダメ!」と言ってましたねえ。

おお、今日は暑い中、クーラーもかけずにこれを打ち込んでたのにウインドウズはこけなかったな。ほめてつかわそう。(おいおい、話は終わったのか?)


「いらっしゃいませ~こんにちは~」に違和感を感じるのは、私も同じです。
それで以前、 何故違和感を感じるのか考えたことがあります。そこで出た結論は、この二つ。
1.「いらっしゃいませ」も、「こんにちは」も冒頭の挨拶の言葉で、二つを並列して 使うべきではない。
2.店員がアサッテの方を向いて唱えているので、乾いた感じがする。でしょうか。
(狼 さん  2002.8.16)


じゃがいもの花  (2002.8.15)

 ジャガイモの花
 右の植物、なんだかわかるでしょうか?ってタイトルでバラしてるな。そう、ジャガイモです。
 これに花が咲くと実を結び、やがてジャガイモがなります。「へーっ!」と思ったあなた、うっかり八兵衛です。んなわけないやろ。しかもうっかり八兵衛は、もう古い再放送でしかお目にかかれません。

 確か普通のスーパーで買った男爵だと思うのだけど、ちょっと芽が大きくなって、中も色が変わってきた(腐ったわけじゃない)ので、よくやるようにジャガイモを切ってお皿で水につけておきました。すると、伸びる伸びる・・・!!あっという間にガラス皿の中で30センチも直立して伸びてしまった。日に日に伸びるので、そろそろやばいと思い、庭に植え替えたのでした。そうしたら、もともとそういう植物なのかどうか知らないが、伸びた先が曲がって地面を這ってまた伸びる。
 ほっといたら、いつも庭をいじっている介護ヘルパーさんが、添え木をしてくれていた。しばらくしたらまた伸びて、先の方から重さに耐えかねたように地面に垂れ下がってきた。

馬鈴薯の絵  ジャガイモの花(馬鈴薯の花)を見たことがある人は多くないと思います。自分は北海道で見たのだが、9月だったと思う。畑に一面白い小さなきれいな花がたくさん咲いているなぁ、と思ったら、それが馬鈴薯だった。そのときの花の絵がこれです。

 ヘルパーさんも母上も収穫できるんじゃないか?と言ってますが、まさかねえ。ジャガイモってどうやって増えて収穫できるんだろう?どなたか知っている人がいたら、御連絡or書き込んでくださいませ。
 その隣に丸ごと庭に植えたジャガイモは芽も出ません。保存状態になっているのだろうか?


半分に切って、切り口を下にして植え付けるんですよ♪丸ごとじゃ発芽しません。伸びすぎた新芽は取りましょう。チッソ、カリ、リン酸の肥料(市販の野菜用など)を根に触れないように薄く剥き込んで与えます。
 (May さん  2002.8.16)
 確かにジャガイモは、花を楽しむ植物でした。ソラニンという芽にある毒素のため、食用を禁止されたこともあります。食べないのは、生ビールがあるのに、昨日開栓した発泡酒を飲むようなもの。(ずず~←涎音)
 (玄武 さん  2002.8.19)


「もうだめです。」  (2002.8.16)

 以前、隣に住んでいたミツヨちゃん。小学校二年生くらいの子だったと思う。
 そのミツヨちゃんが理科のテストに書いた答え、

問題 「アサガオがしおれかかっています。どうしてあげたらいいですか?」
ミツヨ  「もうだめです」

ミツヨちゃんのお母さんが「ケッサクなの♪」と、大笑いで答案用紙を見せに来た。


アジアの誘惑  (2002.8.18)

 下川裕治氏の著作にこんなタイトルの本があったと思いますが、なんといってもアジアが好きです。特に東南アジア。まあ、まだ白人地域には行ったことは無いのですが

 今まで行った国は、インドネシア、モンゴル、中国、香港、マカオと見事に東南アジアです(モンゴルは「東南」ではないが)。あっ、沖縄も何度も行ってますね。沖縄もしっかりアジアだと思います。うるさいことを言えば日本だってアジアなのですが、この場合はどちらかというと東南アジアの雰囲気を持ったもののことを言わせてもらってます。

 アジアフリーク、旅の達人からみれば
 「何をその程度で知ったようなことを(フォフォフォ・・・)」というところでしょうが、まあ、それなりに言わせてください。
 下川裕治さんは著作の中で
「日本にいると、いつも何かをしていないといけないような雰囲気に尻をたかれている気がする。アジアに行くと“なにもしなくていいの”と、とろけるような空気に包まれる。」
と言っています。
 そうなんでよすね。日本では、常に将来に備えてせかせかと何か有効な事をしてないといけない。仕事だって会社に勤めるのが「ちゃんとした仕事」という風潮がまだまだ強いし。

 政府関係の途上国援助の仕事の事を聞いたことがありますが、あまり知られていない問題は「将来に対する意識」の違いだそうです。
 途上国、先進国という言葉は絶対におかしい定義の言葉だと思いますが、矛盾を承知で今回は通常使われている意味で使います。
 一般に先進国は、将来のことを見据えてそれに備えて現在に対処します。対処するにしても、将来のもっとも最悪の状況を想定して備えます。生命保険を始めとする各種保険なんかがその最たるものですね。
 それに対して、アジアの民は将来(明日)のことなんか考えません。考えるにしても最もいいことを考えます。
 途上国援助の仕事をしに行って、現地であるプロジェクトなんかを始めようとすると、先進国である日本人側は、将来の目標に向かって何をするべきかを、ちまちまと考えて指導をしようとする。
 しかし現地のアジアの民は、そんなことよりまず、自分たちが快適に仕事できる環境を整えようとする。事務所にクーラーを入れたり、車を買ったり・・・。それで、なかなか指導しようとする事に移れないと。
 どちらが正しいのどうのと言うより、考え方、価値観の違いの問題ではないのか?どうなるかわからない将来のことを悲観的に考えて、今からそれに備えるなんて出来ないのだ。そのために今を楽しむことをなんでがまんするのだ?と。自分は、このタイプの人間です。このように言うと、そういう生き方は、いい加減にふらふら生きている事だ、と言う人もいますが、そういうことではないのです。

 すっかり共産圏なのか資本主義圏なのかわからなくなった中国だが、生命保険を普及させようとしていた頃のことがおかしかった。
 営業マンは契約が取れれば自分の収入に直結するのでやりがいもあり必死だ。しかし中国人である彼が、中国人に生命保険を勧める難しさに直面していた。保険の説明を受けたある女性が言った。「なぜ保険が必要なのかさっぱりわからないわ。(どうなるかわからないもののためになんで備えるの?)」
 自分も印刷製版のフリー職人をバブル期にやっていた頃は今のご時世では考えられない収入があった。職場に出入りしていた保険のおばちゃんの勧めで適当に生命保険に入っていた。独身なのになんでそんなにかけとんねん、と言われるほど契約していた。もちろん受取人は母上である。
 絵の方面に入り収入も怪しくなり、三口入っていた保険も額を減らし、二口に減らし、そしてその二口を一気に解約した。保険会社の窓口へ行って解約したのだ。すぐにおばちゃんが蒼い顔をして電話をかけてきた。テレビ電話ではないから赤い顔だったかもしれない。
 なんでも、担当員に相談無く二口以上の解約がされた場合は、おばちゃんは始末書らしい。
 「せめて1口残さない?」
 「じゃあ、○○さん払ってくれる?」

 もともと、生命保険の意義はわかってなかった。いや、頭では理屈としては有効性はわかる。でも、感情的にはアジアの民と同じで理解できない。(既婚者ではないということを置いといたとしても)
 絵本作家の五味太郎氏も同じく理解できないから保険には入っていなくて、そのことを人に言うと非常に驚かれるとか。自分の場合は、独身なのに高額の保険を契約していたので「アホか!?」と驚かれたが・・・。

 ある途上国援助に関わった政府機関の方の著作には、「よく考えてみたら、先進国というのは工業化に成功した国のことで、そのために全国民が一つの方向にのみ能力を発揮するように特化して初めてなし得る。世界中を見渡しても、工業化した国はその見込みがたった国を含めても、ごく少数に過ぎない。つまりきわめて異常な形態の国々ということだ。」のように述べていた。

 確かに先進国化したことで良くなったこともあるだろう。医療などはその類である。でも先進国化したことで失ったものの方が大きかったことにやっと気づいたのに、もうどうにも後戻りも出来なくなっている。
 アジアに行って感じるのは、先進国の基準で見たら不安定で将来の不安な生活をしているが、先進国の民よりもしっかり地に足がついて生きていると。
 彼らは決して怠惰ではない。怠惰に見えることもあるが、少なくとも自分では怠惰だとは思っていない。
 インドネシア人を見たときには、もし日本人と同じ教育環境だったらかなわないのではないか?と思った。まあ、そういう単純な比較というものは成り立たないが。

 沖縄パワーがますます日本中に浸透してきているが、自分としてはとても喜ばしいと思っている。沖縄のアジアパワーが、誤った先進国思想に毒された日本を少しでも正常化してくれないものか?と期待もしているのだが。
 経済成長に役立つことしか「まともな行い」と見なされなくなってしまった「先進国」に住んでいると、アジアの空気に包まれているのは至福の時でもあるのだ。しかし当のアジアの方たちは、先進国化して死に急ぐ道を選ぼうとしている。


おしぼりの後始末  (2002.8.19)

 お店でおしぼりが出るところは、以前に比べたら圧倒的に少なくなりました。おしぼりが「布生地」にしろ、ウェットペーパーであるにしろ、一応はビニールに入っていることがほとんどですよネ。自分の場合、全く使わないこともありますが(忘れることがほとんど)、だいたい使ったら、ビニールに戻すかくるむかします。店の人が片付けるのに、そのほうがやりやすいだろうし、人が使ったおしぼりを直接触りたくは無いだろうと思ったから。ビニールに戻すにしても、ご丁寧に袋の中に入れなおす場合と、ビニールで縛る場合の二通り。
 同じことで、割り箸も袋がついているやつであれば、はしを揃えて袋に入れます。これはまあ、後片付けのこともあるけど、「形」の問題もあるかな。
 神保町の定食屋で箸を袋に入れようとしたら、店のおっちゃんに「ええ、ええ、そんな手間のかかることせんでも。」と言われた。

 以前、スチュワーデスの仕事に関する番組があり、やはり、お客さんの使ったおしぼりを直接触るのは、出来ればやりたくないとのことだった。だから、自分のやるように袋に入れ直してくれてあるととてもうれしいと。しかし、こうも言っていた。
 「でも、みんなが袋に入れなおしてあったら、それも不気味ですけどね。」

 そういえば、外食して食べ終わると、運びやすいように食器を重ねたりするのが習慣になってしまっているが、あれはむやみにやられると、かえって迷惑だそうだ。食事屋の配膳の仕事をしていた友人に聞いたのだが、おかずの皿が油ものだった時なんかに、その上にお椀とかの食器を重ねられると、その食器の底まで油がついてしまって、かえって洗うのが大変になる、と。自炊していたのだから、その辺はわかっているはずなのに、いつのまにか惰性でやっていたみたいだ。それ以来、重ね方にも気を使うようになった。
 前に銀座アスターという高級部類の中華料理店でも、食べ終わったあとに無意識に食器を重ねかけていたときは、さすがに恥ずかしかったなぁ。


 私はむか~~し喫茶店でバイトしてたのだけど、おしぼりは業者が回収しに来るので大きなポリバケツへ入れるのだけど、ビニールが混ざってるといけないので、おしぼりを袋から出したり、縛ってあるビニールをほどいてゴミ箱へ入れる手間がすごく面倒で、特にわざわざぎゅっと縛ってあるのを見ると(手で破れないしほどけないからいちいちハサミで切らないといけなくて)「嫌がらせかーー?」と思ったことさえあったよ。かなり混んでるお店だったからかなー。
 ( ACTSPICE@本店 御中  2002.8.20)
 雑記帳・おしぼりの後始末にある割り箸袋のことですが。袋付きのは割高なので、一度客に出したのをさりげな~く回収して使い回ししてるんだな。店の名前を印刷しているのなんか、経費はバカにならないそうです。コスト削減の企業努力と寛大に見ていただけるでしょうかねぇ?だから、使用済みの割り箸を袋に入れないで欲しいと思ってました。〈店の立場として)自分が他で食事すると箸袋で折り紙するくせに・・・まあ、誰でもこんなモンでしょ。
 (MOTAI さん  2002.8.21)


花粉症  (2002.8.21)

 花粉症なんです。マスクをするほどではないけど、かなりしんどい年もあります。
 自分が花粉症だと気づいたのは、大阪で仕事していたときです。それまではずっと「風邪」だと思ってたんです。23、4歳のときでした。毎年同じ時期によく鼻風邪をひくなぁ。しかも薬が効かないもんなァ。と。
 大阪にいるとき、その年も鼻風邪がひどく、近所の薬屋に風邪薬を買いに行った。どれを買えば、より効くだろうか?と、店員さんに相談すると
 「それって、花粉症ちゃいますか?」
 えっ!? 俺って花粉症だったの?ずっと鼻風邪だと思ってたゾ。

 毎年その時期になるとニュースなんかで花粉症のニュースが流れ、花粉症に苦しむ人の映像を見て「大変だなぁ・・」と人事のように思ってたのに、自分がその花粉症だったのだ。思えばそれからの方が花粉症に苦しんでいる。
 何が違うって、風邪だと思っていたときは、症状は続いていても、そのうちに治ると思っていられた。それが、自分も花粉症だと気づいてからは、「これから数ヶ月苦しむのか・・・」と最初から憂鬱になる。

 東京に帰ってきてから近所のクリニックで花粉症のアレルギー診断をしてもらった。腕にアレルギー物質を塗って、どれに反応するのかを診るのだ。
 結果、花粉には全く反応しない。そして、ハウスダストにだけ激しく反応。ハウスダストアレルギーだった。理由は忘れたが、花粉症の時期に誘発されて花粉症として現れるとか。「ちゃんと、部屋を掃除しなさい」と言われたが、しとるわい!
 そこのクリニック、けっこう有名な女医である。時々テレビに出ていた。待合室にいてもやたらに婦人が目立つ。おなかの大きな人も多い。後で医療関係に勤める旅仲間の女の子に言われた。「やーだー、そこ婦人科の先生だよぉ。おっかしー。りょーちゃん、そんなとこ行ったのぉ?」。だって「○○クリニック」で内科となっているぞ。確かに婦人科も書いてあったが。
 そうそう、一人でたくさんの科目をやっている医者がいる。内科、皮膚科、小児科・・・。医者によって書かれている科目の順番が違うが、あれは得意科目の順番らしい。

 花粉症の原因として、一番もっともらしいのが、清潔になりすぎたこと。寄生虫とかの雑菌を殺しすぎて、本来そういうものを攻撃していた免疫系が攻撃対象を失って、無害なはずの花粉に反応しているからと。
 そういえば、知り合いのミャンマー人が、日本にきたらいきなり花粉症になったと言っていた。排気ガスの影響も大きいですね。あとアスファルト。花粉が多いはずの田舎の森なんかへ行くと、逆におさまったりするし。そういうところでは花粉は飛んでも、土が吸収する。アスファルトで覆われた都市では、一旦地に落ちた花粉が地面に吸収されずにいつまでも舞っている。自分は花粉症ではないと思っているアナタ!わかりまへんでぇ。


<2005年3月18日(金)追記>
前回の検査からかなり年数が経ってると、状態は変わってるかもしれないというので、久々にアレルギー検査をした。(血液検査)
ハウスダストも出たが、それ以上に杉アレルギーが出ていたのだった^^;。


日本は紙不足と無縁?  (2002.8.23)

 以前、ロシアの方じゃ深刻な紙不足で新聞の発行さえ危ぶまれたことがあった。それなのにこの国(日出づる国)はどうだ?パソコン関係の紙の浪費はもちろん、町でのティッシュ配布攻撃。ティッシュやチラシ、割引券を配るときに
 「お願いしマース」というのも、よく考えたらおかしい気もするが、差し出された側も、「会釈」しながら拒否するのも考えたらすごく奇妙だ。(ティッシュは通常の紙とは原料が違うのかもしれないが。誰か知ってますか?)

 そうそう、書いていて思い出したが、好きで良く本屋へ行く。ちょっと大きな本屋だと、必ずと言っていいほどパソコンスクールや英会話の勧誘が立っている。あれもうざったい。入り口でそういうのがいると、そこを避けるもんなア。
 東京の神田神保町の三省堂本店などは卑怯の極地だ。エスカレーターで一階に降りると、そこにはエスカレーターの「両側」にチラシを持って待ち構えて微笑んでいるやつらが・・・・。もうどうにも逃げられないのだ。一人が立てるだけの狭いエスカレーターだし、上るわけに行かない。そもそも何で逃げなきゃいけないのだ?
 それをすり抜けて入り口の方へ行くと、今度は「育ちの良い英語学校」のキャッチフレーズで、英国のいいとこの氏族の格好をしたネコと犬のポスターで有名な「ラド」の勧誘攻撃。「アナタは、ラドでどれくらいでマスターしたの?」と聞いてやりたいが、まともな答えが返ってきたらやぶへびだ。

 本を買うと、最近はたいてい「カバーはお付けいたしますか?」と聞かれる。
 「いや、いいです」と言うと「恐れいります」と言って、今度はTIMEの定期購読案内やコンピューター結婚相談のチラシの入った紙袋に入れる。資源を節約するためにカバーはいらない、とこちらは言っているつもりなのだが。しかもチラシが入っているのが不愉快なので、何度か「中のチラシは抜いてください」とやんわりと言ったことがある。そうすると、鼻と口から同時に息を吐くような声を出して「はぁ」と言いながら、抜いたチラシをどうするかと思いきや、たいていは横のごみ箱へ捨てる。もう、さっぱわやです。

 話は戻りますが、パソコンが普及する頃、「これからは電子書斎で、オフィスから紙が消える!」なんて笑っちゃうこと言ってましたねえ。結果はもう皆さんご存知で、はるかに髪は増えている。あ、いや、紙ね。人間の性(さが)として、どうしても紙にプリントして読んで確認したいのだ。だから、電子データーが増えれば、当然プリントも増える。だいたい、プリントした方が安心だが。
 電子データーなんていつ消えるか解からないし、コンピューターが新しくなったら、互換性無くなって古いデーターが読めなくなるなんてこともありえる。おまけに使っているOSはたいていWindowsだ。安心なわけがない。マイクロソフトのアプリなら、バージョンアップしたらデータが使えないなんてことは平気でやる。

 かようにしてどんどん紙の需要はうなぎ上りになるのだった。(強引な結論)


生きる意味  (2002.8.24)

 タイトルにつられて読んだ人は、「おいおい」と言いたくなるかもしれない・・・。

 数年前のある時にそのことに気づいて、我ながら驚いたのだが、「自分は何のために生まれ、生きているのか?」と考えたことがない。いや、皆無とは言わない。
 本やら何やらに影響されて、つられてそのようなことを考えたことは無いでもないが、あくまで「つられて」であって、『切実』に悩んだことがない。だから「つられて」考えたときだって、いつのまにかあやふやで終わっている。

 日本の風土に生まれ育っていると、輪廻というものがあるというのは、なんとなく納得していたりする。それではそれは何のため?なんてことを考えたことぐらいはある(威張るなよ)。でも、結局はそれほど深刻になんかはならない。なんとなく「なるようになる」というのが根底にあるようだ。「なるようになる」というより「なるようにしかならない」かも知れない。
 元来あきらめが良いと言うか早い方だ。置かれた状況を受け入れて甘んじてしまうところがある。むしろ、積極的に受け入れてそれを楽しんでしまうと言うか。もちろん、嫌な状況、納得できない状況にはいつまでも甘んじているわけではない。でも、どうしようもない状況というのがあるでしょう。その立場からは逃げも隠れも出来ないと言う状況が。そういうときは、すぐに観念してしまう。そしてその中で自分らしく「遊ぶ」という特技があるようだ。
 中高時代は自分の性格などに悩み、大学時代は自分自身が嫌だったが、それでも、「自分は何のために生きているのだ?」なんて悩んだ記憶はない。

 社会へ出たら、小学校時代のような(い、いや、それ以上の)楽観性を取り戻したが、本来はおめでたく楽観的なのだ。いやー、あなたには言われたくないが(誰に向かって言ってるんだ?)。

 競馬評論家の井崎脩五郎さんが好きだが、あの方は競馬新聞社の社員らしい。井崎さんは母上さんに「お前はいいねぇ、そうやって好きなことを仕事にしてられるんだから・・・」と言われているという。
 あるトークショーで、その話が出たときに司会者が「でもやっぱり目に見えない苦労というものが・・」と言いかけると、きっぱりと「ない!」と笑い飛ばした。「だって、朝起きて『今日は会社行きたくないなぁ』と思ったこと一度も無いもん」と言っていた。後でそれを見たという友人は「あれは、ウソ! 一度もなんてことはない!」と言っていたが、あの人ならありえると思うのだが。

 ドラマと言うのはさっぱり見ないのだが、井崎さん主演の、裁判官の日常を描いたコメディなんかやったら、けっこう面白いんじゃないかと、ふと思った。
 うちの田舎の土地を大昔に建設業者(お世継ぎがかなり悪徳)に貸して、返すの返さないのと裁判になってしまい、そのときの裁判官が井崎さんに似ていたもので。。

 今、去年小脳梗塞で倒れた母親を介護している。かなり回復し、毎日来てもらっていたヘルパーさんも週3回にした。家の中なら自分でヘロヘロと歩けるので、基本的に食事を作る以外の世話はいらない。頭もはっきりしている。
 台所には立てないので、もう一年ほど僕がすべての夕食を作っている。買い物と料理をやっているのだが、ほぼ一日も欠かさず料理をしている。で、今まで一度も、その料理をするのが嫌だと思ったことは、無い。今日はめんどくさいな、くらいは思うこともあるが、「嫌だ」と思ったことは無い。
 もともと料理は好きだし。キャベツの千切りなどはその辺の調理師より上手い自信もある。(あくまで「調理師」。職人である「料理人」は比較に出すのも失礼というもの)得意技は煮物。一見煮物の方が難しそうだけど、実は炒めもの・揚げ物よりもやさしかったりするのですよね。

 退院前にケアマネージャーを探し、そのケアマネージャーと介護プランというのを練るのだが、世話をする家族が男一人の場合、やっぱり食事が大きなネックになるらしい。
 日中はヘルパーさんが食事の世話をしてくれるが、夜はどうするのかをケアマネージャーは心配していた。ところがきっぱりと「あっ、料理の方は全然問題ないです。得意ですから。」というと、かなり驚いておられました。あまりにもこともなげに言ったので。
 まあ、もちろんレトルトとかも使いますが、80%はちゃんと素材から料理しますよ。その料理が全く苦にならないから、その他の世話があまり必要がない現状では、周りが心配してくれるようには全く大変では無い。かえって心配されると恐縮してしまうくらいだ。

 考えたら、就職して社会へ出たときに、いきなり関西支店配属になり、初めて一人暮らしをした。そのときも最初から自炊、洗濯、掃除をこまめにしていたから、会社では「いいお嫁さんになるわぁ」と言われていたし、同僚の女の子にも「伊藤さん、うちにお嫁さんに来てや」なんて言われたり。ただし、掃除は好きではない。もちろんそれなりにするが、億劫で億劫で。洗濯は二層式洗濯機でも苦にならないのに。

 介護生活になるときも、最初からその状況に観念していた。自分が介護するしかないのだから、選択肢は無いのだし。まあ、散々物事を悲観的に考える担当医のおかげで、かなり事前に観念していたので、思ったほどでもなかったが。というより、前述のように、どうしようもない場合はその状況に観念して、その中で自分なりに生きていくしかないので、その範囲で自分なりに楽しんでいるとも言えるかなぁ。

 介護と言うと、日本に限らずなんだかマイナスなイメージになってしまうが、サンコンさんの国では、すべての人にとって母親は、自分を生み育ててくれた敬愛すべき存在なので、お世話が必要になったときは自分のすべてをかけても、「喜んで恩返しする」のだとか。いい国ですね。

 しかし、本当にわれながらあきれるくらい「生きる意味」なんてマジで考えたことないよなぁ。というより、他の人は、本当に『切実に』そういうことで悩んだりしたのだろうか?単に何かにつられてじゃなく。
 付け加えると、「悩む」と言うのは「悩める余裕がある」と言うことだとも思っているのですが・・・。言葉遊びみたいになりますが、「苦しんでいる」のとは一線を画します。


「生きる意味」補足  (2002.8.25)

 「生きる意味」の項で、何のために生きているのか考えたことがない、と漠然と書きました。上手く表現する言葉が見つからなかったのですが、もう少し具体的に書くと、昔の人が「男と生まれたからには・・・」とか、「何の目的があって自分はうまれたのか?」とか考えたりしますが、そういうことです。自分はこの世に生を受け、何をなすべきなのか?とかを「切実に」考えたことはない、ということです。
 (こう書くと、かなり印象の違う内容になるような・・・)武道関係だったと思いますが、その師範の言葉がすべてを含んでいると思います。。
 「人は生きるために生まれてきたのであり、幸せになるために生きている。」


悩むことと落ち込むこと  (2002.8.26)

 またまたタイトルのわりに軽い書き出しですが、、「落ち込む」ということを、もう10数年は経験していないだろうと思います。
 あるとき、やたらに周りの人間から「落ち込んだ」という声を聞いたときに、自分はどういう時に落ち込むのかと、ふと思った。なんか皆、ずいぶん簡単に「落ち込む」という言葉を使っているな、と思ってたんです。そんなに頻繁に、簡単に落ち込めるのか?と。
 それで「落ち込む」とはどういうことなのか?を考えると、「自分を卑下する状態」なのではないかと思い至ったのでした。何かに失敗したり、上手くいかなったり、いろいろな原因で、自分を責め、自分を卑下してしまう。単に寂しいとか、沈んでいるという状態とは違います。
 そういう状態だったら、ノー天気な自分でも時々はありますが、落ち込むなんていうほどの状態ではない。そうすると、自分はもう長いこと落ち込んでいないことになる。あるときを境に、自分自身を「卑下」すると言うことはなくなったから。

 「雑記帳」のどこかにも書いたような気がするので、内容がダブるかもしれませんが、少し書きます。(どこに書いたか覚えてない。探せど無い;;;)

 学生時代までは、自意識過剰で誰にでも良く見てもらいたい、というかよく見てもらわなければならない、という呪縛みたいなものがありました。表面的にはノー天気にしていても、他人には自分のいい面をいつも見せていたいみたいな。そういう時って、自分を敵に回しているようなものです。

 就職して、関西支店配属になり、大阪で仕事をしていたある日、ふと考えがめぐった。「自分は普段付き合う周りの人に、好きな人間、嫌いな人間がいるし、それがあたりまえだ。だったら、周りの人だって、自分のことを良く思う人、気に入らない人がいたって、それが自然だろう。皆が皆、自分のことを好意的に思ってくれるのって、かえって奇妙じゃないか?」。そう思ったら、「自分のことを認めてくれる人がいたらラッキーじゃないか」と思えるようになり、学生時代のように、常に自分を背伸びして見せようということは全くなくなった。多くの人と同じように、失敗すると言うことが怖かったが、それも「失敗することで他人の自分に対する評価が落ちるのが怖い、というのと、自分で自分に自信を失うのが怖いから。」と気づいた。それまでは頭では解かっていたことが、感情的にフに落ちた。だいたい他人が失敗したって、それでその人を見損なうなんてことはまずない。「失敗くらいするわな」と思うくらいで。
 そんなこんなで一気に楽に生きられるようになったのでした。結局自分で自分を縛って苦しくしていただけで、先に書いたように自分を敵に回していたのです。

 それからは、かえって自分の失敗をギャグにしてよろこんでいるという、元来の面白がりが復活。北海道の旅で、レンタカーがスピンしてあわや、ということがあったが、帰ってから手作り号外を作って会社で見せて喜んでましたネエ。小学生か?・・・

 なにが一番変わったかと言うと、自分で自分自身を素直に認めることができるようになったことでしょうか。いい点も悪い点も、すべて「それも自分なんだ」と。もちろん直すべき悪い点は直す努力はしますが。
 以前は自分を敵に回していたと書きましたが、そうなると逆に自分自身が味方になります。もし、世の中のすべての人が僕を否定してしまっても、最後は自分で自分のことがわかっていると。それからは、かえって実際の自分より低く見てもらったほうが楽になりました(責任問題の話しではありません。)。等身大に見てもらうのがもちろん一番いいのですが、アホと思ってもらったらこんな楽で面白いことはありません。まあ、どっちにしろアホなんですが。

 そうすると、先に書いたように「落ち込む」という自分なりの定義に当てはまることは、もうずっとないわけです。
 自分自身にあきれて、腹が立ったり、おいおい、と思うことはありますが「卑下」するということではない。だから自分を卑下する状態と言うのは本当につらいものだと思います。最後の味方である自分自身に見放されているような感じですから。

 悩むというのは、「選択の余地がある」ということでもありますね。人が悩むときは、もっと上があったり、変われる可能性があったり、ある種の余裕がある場合だと思うからです。もう選択の余地もない状態では、悩む余裕もないし。
 思春期頃から学生時代を通じて、いろいろ悩んだ気もしますが、高校時代のあるときふと、「悩めるのはいいことなのかも?悩む必要がなかったら、生きている必要もないかも(人生を卒業と言う意味)」と思ったこともありました。自分にとって気休めの考えでしたが。
 精神的に病んいる状態は、その方面には素人ですからコメントは差し控えるとして、一般に悩んでいる状態っていうのは余裕(頭が暇)の証しであると言っていいと思う。
 いろいろ考える余裕があるから、考えすぎてどんどん複雑にしてしまったり。違う意味の余裕は必要だと思いますよ。「心のゆとり」というやつです。

 モンゴルに行ったとき、同行した人が一週間つらかったと言っていました。楽しそうにしていたのに、どうして?と思ったら、「普段は、忙しくてユックリ考える暇はなかったけど、ココにいたらそんな時間がたくさんある。いままで『考えなくて済んだこと』が、どんどん頭をよぎってきて・・・」と。
 余裕がないと、余計なことを考えなくて済むけど、自分と向き合うこともなくなる。そういう別の余裕は必要かと。

 前に一切の仕事を辞めて、絵をやりだしたとき、時間がたっぷりできました。多摩川の土手でボーっとしていることが多かったです。土手でボーっと風景や川を眺めているのが気持ちよかったのです。
 ボーっとしていると、次第に今まで頭の隅に追いやられて、整理せずに仕舞い込まれていた事が、頭をよぎっていきます。積極的に考えているわけではなく、頭がそれらを引き出しから出して、一つ一つ整理しているかのようです。
 自分の経験した事柄と言うのは、それ自体は意味は持っていなくて、自分のそのときの感情に応じて、意味付けが成されたりします。同じ事柄でも、解釈次第でいい記憶になったり嫌な記憶になったり。そういうひとつひとつの記憶が、引き出しから出され、プレーンな状態で整理されていく。そして、現在の自分がその記憶から新たな解釈や感情を発見したり。

 そういう一連の整理が一通り済むと、もう大して考えることがなくなってきました。ただ、ボーっと川を眺めていることができるようになりました。それ以前は、喫茶店に一人で入るのも苦手でした。用がないのにどう過ごしていいかわからなかった。
 でも、それ以後は、「時間をつぶす」という技を体得したので(^^;)、どこでもボーっと時間をつぶすことができるようになった。
 友人が「時間をつぶすなんて信じられない!」と言っていました。時間は常に有効に使うべきだと言うことです。自分としては、無為に過ごすと言うのも大事なことだと思ってますが。

 この一連のボーっとするに至る過程が、旅作家の蔵前仁一さんの本に全く同じ記述がありました。蔵前さんはタイの島のビーチで死にそうに退屈しているうちに、同じような過程をたどったと。

 余裕と言うのは扱いの難しいものかもしれませんね。

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