理不尽な説教(2003.6.27)

「○○が欲しい」とせがみ、さらに
「××ちゃんも持っているよ」と言うと
「人のマネすることないの!!」と怒られる。

かと思うと、やりたくないことに対しては、
「○○ちゃんを見てごらんなさい!あの子もちゃんとやっているでしょ!」
と怒られる。

自分も似たような事をよく言われたような記憶があるけど、子供にとって頭の混乱する、この矛盾に満ちた言葉って・・・。


研ぐということ(2003.6.29)

作り物をするとき、相手は木か竹のことが多いので、メインの道具は刃物です。刃物ははっきり言って、日本のモノが世界最高だと思います。まぁ、用途にもよりますが。
ドイツの刃物もいいものが多いですが、あれ、実は日本の刃物職人が指導に行った結果らしい。もちろん、その技術を吸収する下地があったからに他ならないけど。

最近はクラフトナイフでも、かんなの刃でも、ノコギリの刃でも、使い捨てで刃を交換するモノが主流になりつつあります。主流といっても、一般の方が使うモノがそうなのであって、やはり職人が使うモノは研ぎます。使ってみると分かるのですが、研いで使うモノの方が、よく切れます。そして、よく研いでよく切れるようにしておかないと、作業はもちろん効率が悪くなり、出来も悪くなるし、そして危険でもあります。鋭く切れる方が危険だと思う人の方が多いと思いますが、切れ味の悪い刃を使うと、よけいな力が必要になるし、スムーズに刃も運ばないから、かえって危険なのです。

たいていの職人さんは、仕事を始める前に一通りの刃物を研ぐようです。研ぐという行為が、精神集中と神経を仕事に向かって高めていくという作用もあるのだと思います。自分は、毎回の作業が終わった後に研ぎ、次回はすぐに始められるようにします。自分にとってはその方が気持ちの上で作業に入りやすいからです。

さて、研ぐというのは通常砥石を使って研ぎますね。台所用では、リングになった金具の間を通して、削る感じで研ぐモノもありますね。また、大まかに刃を研ぐというか削る場合ならば、グラインダーという機械も使います。でも、最終的にはやっぱり砥石。天然物の砥石が一番いいと言われたりしますが、あれ、高いモノだと「億」クラスもあるそうです。そこまでしなくても、お店ではやはり天然物はワンランク高い。ただ、人工のモノのいいところは粒子が安定しているところです。
砥石で刃を研ぐ、というイメージだと思いますが、実はお互いに研ぎあっているのです。研ぐというのは、刃と同時に砥石も研いでいます。だから、腕のいい人は石の表面をまんべんなく使って、特に手入れをしなくても、いつでも砥石は真っ平らに近い。普通は、真ん中がへっこんでしまいますね。そんなへこんだ砥石を使っていては、もちろんまともに刃は研げない。自分はまんべんなく使っているつもりでも、わずかな凹凸は出来てしまうから、刃を研いだ後は必ず、砥石を完全な平らになるように研ぎます。簡単な方法は、平らなコンクリートの上にこすりつけるようにして砥石を削る方法。自分は砥石を研ぐためのセラミック砥石をもっているので、それでやりますが。

砥石で研ぐときは、数種類の目の細かさの砥石を使っていきますが、やればやるほど、基本の大事さを感じる。研ぐ身体の姿勢からです。正確にきれいに研ごうと思ったら、小手先だけでは研げない。立つ足のポジションや構えから何から、全身で研ぐことになる。決して全身の力を使うということではないけど。
研ぎ終わったら、そのまま放っておくと錆びる。酸化 しないように表面に油を塗るなり、その後のしまい方も問題になる。

いい刃物、自分に合う刃物はそうたくさんあるわけではなく、どうしても、お気にのモノを多く使う。刃はどんどん研がれ、どんどん短くなる。もう、ほとんど根元の方まで使われているノミを見ることもしばしば。
何百年前の職人の使ったノミなどが見つかったり、展示されていることがあるが、ほとんどは二級品か、これ以上研げないところまで使われたモノであろう。一級品が遺る事はまず無いと思う。というのは、いいものはさんざん使い込まれるからで、一級品で新品同様で遺ったモノは、職人が屋根裏やなんかに、忘れてしまったモノだったりする。

最近はそうでもないのでしょうけど、昔の大工見習いはまず、刃を研ぐということをひたすら修行したようです。刃もまともに研げないのでは、その先の仕事など出来ないのと同じですから。道具が使い物にならないからです。棟梁などが、若い大工の腕を見るときには、まず使っている道具の手入れを見れば、かなりの部分は分かるようです。
自分は、作り物よりは絵が本職に近いですが、元々絵の具も1人1人の絵描きが自分で作っていました。日本画だったら、今でも自分で顔料を作ったりしますね。前にも書きましたが、今は描く行為から先ばかり重要視されていて、そのための道具の事がないがしろにされている気がします。道具にはこだわらない!という人ももちろんいるでしょうが、ちょっとそのこととは違いますけどね。
本当に一流の絵描きさんは、画材の知識、手入れ等々に関しても一流の人が多いと思います。いわゆる「ゲージュツ家」よりは職人の域に近い感じですね。


舌を噛んだ!;;;(2003.7.1)

明け方、半分目が覚めかかっていてウトウトしていたら、舌の奥に激痛が走った。また舌を噛んだ。
なんでだかわからないけど、ウトウトしているときに舌を噛むことが多い。たいていは舌の前の先っぽ。あごがけいれんしたときに、たまたま舌先が出加減になってるのだろう。今回は舌の右奥の端。これはかなり痛かった。うめきながらその付近を指でなぞって見てみると、血がにじんでいた。その後数日間は痛かった。
こんなアホなことをやるのは自分だけかと思ったら、同じ事があると言う知人がいた。結構普遍的な出来事なのか?(普遍的って^^;;)

ちなみに、最近は減ったけど、口の中をよく噛む。奥歯でよく口の中を噛んだけど、噛み方が強いのかザックリと噛む。もう肉を噛む音が響く。悔しいやら腹が立つやら、誰にも怒りをぶつけられないし。
また、社会へ出て、人から指摘を受けるまで気づかなかったのだけど、犬歯が鋭い。狼クラスらしい。鋭い犬歯で噛むときなどは、上下に穴が二つ開くのだ。そして、ほぼ確実に口内炎へと進化する。まぁ、おそらくそそっかしいから、噛むスピードと口の中の動きがずれているのだと思うが。

話は戻って、ウトウトしているときなどに、舌を噛むという人は他にも多いのではないかと思う。自分と同じく「他の人はそんな事は無いのだろう」と、寂しく胸の内にため込んでいる人は多いのではないだろうか?


先走りするペン(2003.7.3)

先に白状しておくけど、はっきり言って字が汚い。おまけに自分独自の省略文字も多い。どうしても、書くスピードのまどろっこしさについて行けないのだ。この場合のスピードは、遅すぎて合わせていられないという意味です。
ひとつの単語を書き始めている最中に、手はもう次の文字を書こうとするから、とんでもない書き間違いもするし、手紙など書こうものなら、最初のモノを破棄して書き直さないとならないことがほとんどである。

要するにせっかちなのだ。「せっかち」という単語も、出所の分からない音の言葉だなぁ、と思って手元の「新潮国語辞典-現代語・古語-」で調べてみる。「急勝(せきかち)」の音転だという。なるほど・・・。

学生時代はそれなりに、汚いながらまともな字は書いていたつもりだし、サラリーマンの時も書類はまぁまともな文字だった。キーボードを多用する前から、どんどんひどくなったから、要するに、きちんとした文字を書いて読ませなければならない機会が少ないと言うことでもある。「~少ないと言うことでもあろう」などと、曖昧に出来ないのがつらいところ^^;;。

「今回は少しちゃんとした文字を書こう」と思うときは、ゆっくりと落ち着いて書けばいいので、そうしてみたりする。でも、それが出来るのはせいぜい2~3行。その後はもういつもの通り。

キーボードは完全にタッチタイピングで打てるし、結構早く打てるので、紙に書くよりははるかに早く文章が作れる。そうなってくると、ペンを持って書くときに、文章として思考が現れるスピードがさらに遅く感じ、いっそう悲惨なことになってくる。そんな手先のことを制御できないで、よく細かい絵や作り物が出来るモノだと、我ながら不思議に思ってしまうのだった。


お陰様でどうにか1年(2003.7.5)

この項をアップした7月5日をもちまして、当サイトは一周年を迎えました。まだ一周年ですが、あっという間でしたねえ。その1年で多くの方々に訪問して頂き、感謝感謝の多謝です^^。

このサイトを作ろうと思ったのは、昨年2002年の晩春あたり。それまでの半年弱、ある巨大なクリエイターサイトに登録していて、そこに各作家が自分の部屋を持っていて、ギャラリーという形で自分の作品を公開していました。日記なども公開できたのですが、自分は公開する気はなく、絵だけ。そうすると更新というのはほとんど出来ず、おまけにカウンターもない。書き込んでくれる人も、たまにポチポチといるだけなので、カウンターがないために、書き込みのない日は、まるで1人もやって来ていないような薄寒さを感じていました。見てもらうために公開しているのに、誰か来ているのかどうかも分からないというのは、実に張り合いのないモノです。
そこは、ページのテンプレートというモノがあるので、デザインや公開方法にはあまり自由度はない。それでじれったくて、自分で作ろうと思って、3ヶ月弱で作り上げて当サイトを立ち上げたのでした。

タイトルには「いちびり」の文字を入れようと、最初から決めていました。大阪にいた頃は、自他共に認めるいちびりだったからで、自分らしいと思ったからです。もちろん、大阪以外には認知されていない単語だったので、最初はいろいろ解釈されましたねえ。一応説明もトップに小さく書いてあるのですが、読む人はあまりいませんし。ネット仲間のカモミールさんは「一番にビリになりたいと言うことかと思った。」と名句も残されました。

公開の目的はもちろんギャラリーを見てもらうこと。でも、HPは更新が命だと言うことは分かっていたので、更新できそうなモノをちりばめていましたねえ。雑記帳はもとより、料理レシピコーナー、おすすめ本コーナーなどなど、今では淘汰してしまったコーナーがいくつもありました。雑記帳などは、自分の書いたモノなどおもしろいわけはないだろうし、読む人なんかほとんどいないだろう、と思って書き始めました。
ところが驚くことに、そんな拙文を読むために何度も訪れてくれる人が増えてきた。
これは本当に意外で驚くべき事でした。かなり分量が増えてきた頃に、数時間かけて一気読みをしてくれる人まで現れて、なんだか申し訳ない気分にもなったりして。本当に、当初の予想とはかけ離れた展開でした。

実際にお会いした方も多く、ネットはやはり意外なつながりがあって広い、、と思いきや、結構狭い世界でのつながりだったりもして、いろいろ考えるところがありますね。
トラブルも絶えないネット界ですが、幸いなことに、これだけ多くの方が訪問したにもかかわらず、そのような場面にはまだ出くわしていません。単に運がいいだけなのかもしれないけど、またこれからもより多くの出会いを楽しみに進めて参ります。いつか訪れる人も無くなり、閉鎖に追い込まれるのではないかという不安を常に抱えているのも事実ですが、それまでは楽しくやらせていただこうと思います。

多くの絵の展示会をやってきて、それらはすべて、みんなにやらせてもらっているんだと実感していますが、HPも同じだと実感します。支持して訪れてくれる人がいるので、やらせてもらっているようなモノで。と、いうわけで、今回は、無事に1年を乗り越えたお礼をば^^。


夜風が気持ちい~のだ(2003.7.9)

今年の梅雨は果たして梅雨寒なのか、平年通りなのか?ずっと以前は、梅雨はムシムシじめじめして、耐えられないほどだった記憶がある。かと思うと、ひどい梅雨寒だった記憶もある。今年のような梅雨はあまり記憶にない気がする。

そして何より、今回の梅雨の時期、夜風が恐ろしく気持ちいい!!表で夜風に当たっているわけではないのだが、窓から入る風が身震いするほど気持ちいい。

自分の部屋は北側で、夏は暑く冬は寒い。今住んでいる家は、17年ほど前に建て直したモノで、もちろん建て直したのは父親である。いや、素人大工で建てたという意味ではなかよ^^。
そして、一応建築学科出身の自分である。この家の基本設計というか、間取りは自分がやりました。全体は間取りと大まかな寸法を決めただけで、自分の部屋だけは1mm単位で細かく決めた^^;。
隣の部屋は、ほとんど使っていない広い部屋があったのだが、今はそこを工作室兼教室の時の部屋にしている。最近は絵を描くときもその部屋でやることが多い。工作以外の時は、南向きの窓の方の半分にゴザ敷いて、座布団である。
そしてこの梅雨、南に向いた窓を開けて窓際に机を置いて作業していると、時折入る夜風が、死にそうに気持ちいいのだ。
ほぇ~~、ふやぁ~~~・・・と、あまりに気持ちよくて身体がふるえてしまうほどだ。もちろん寒さによるふるえとは全く違う。こんな時でも、電車は窓を閉め切って、キンキンにクーラーを効かしているのだろうなぁ。ええかげんにせぇよ!電力不足で、節電が叫ばれる今年の夏、少しはその辺が改善されて、窓から入る風を楽しめるようになるのかなぁ?

小学校の頃は夏休みでも、早朝は少し空気がひんやりしていた記憶がある。ラジオ体操に半ば強制的に参加させられたときだったけど、6時半頃、二の腕が肌寒かった。もう、今の東京でそんなことは、よほどの冷夏でなければ無いだろうなぁ。


半端なさえずり(2003.7.11)

デーデーポーポー
デーデーポーポー
デーデーポーポー
デーデーポーポーデ・・・

と、鳩はいつも中途半端にさえずるのをやめる。あれ昔から、なんか中途半端だなぁ、キリのいいところまで鳴けよぉ、と思っていた。(デーデーポーポーという音表現もいまいちだけど、上手く表現できるのがないし、割合一般に認知されている表現だと思うので。)

さて、じゃぁどこまで鳴けばキリがいいのか?と思って考えてみると、どこもキリが悪いことが分かる。デーデーポーポーで終わると、最後の音があがっているので、まだ先が続くような気にさせる。いろいろ考えた結果、デーデーでやめるのが最もあたりさわりがなさそうだ。

キリが悪いと言えば、セミのツクツクボウシ。これ、ツクツク「ホウシ」だと思いこんでいたら、「ボウシ」なのですね。

ジュゥワァワァワァ~~~~~~~~
(息継ぎのように1拍)
オーティ~ン!トゥクトゥク
オーティ~ン!トゥクトゥク
オーティ~ン!トゥクトゥク
(しばらく繰り返し)
オーティ~ン!トゥクトゥク
オーティ~ン!トゥクトゥク
トゥイッ!
トゥイヲーシュ!
トゥイヲーシュ!
トゥイヲーシュ!
トゥリィィィィィ~~~~~ッ!

と鳴くが、「トゥ」などと書かなくても普通は「ツ」で充分なのは心得てます。ツよりは「ツに近いトゥ」に聞こえるので、細かいところのこだわりと思ってくださいな。で、そのツクツクボウシも最初の
 ジュゥワァワァワァ~~
だけでやめてしまったり、
 トゥイッ!
っと行くかと思ったらやめてしまったり、ときには、
 トゥイヲーシュ!
でやめてしまったりする。あれも、なんだかオイオイ、なんかすっきりしないぞ、という感じなのだ。

 その点、子供の頃に飼っていた十姉妹(ジュウシマツ)、あれはなかなかキリがいい。
 パパパペパピポパポパパ~パペポパポ ♪
 の繰り返しで、身体を左右に振りながらさえずる。ほぼ毎回、このワンフレーズは完全にさえずり、最後の音が下がり気味だからか、とてもキリがいい。

 考えたら、今まで身の回りで聴いた動物のさえずりの中で、あるフレーズを持って長くさえずるのは、せいぜいこれくらいのモノじゃないかな。思い出せば、それなりに出てくるのかもしれないが、半端で欲求不満にされたり、とても小気味が良くて印象が残っている以外は忘れているのかもしれない


落書き  (2003.7.13)

 今の時代「ろうせき」というモノは売っているのだろうか?今時の若い世代は知らないのだろうけど、アスファルトや石の上に落書きができるモノ。乱暴をはたらいたりということもある、、、そら「狼藉」ぢゃ!

 漢字で「蝋石」と書き、「脂肪状の光沢や石蝋状の感触のある岩石や鉱物の総称」とあり、文房具の扱いなのだそうだ。確かに文房具屋や駄菓子屋に売っていた。と言っても、自分はろうせきが市民権を得ていたすれすれの世代だろう。
 わざわざろうせきを買わなくても、その辺の石でアスファルトに落書きをすることも出来た。でも、ろうせきは一度だけ買ったことがあるのだが、書き味と描写のクッキリさには雲泥の差がある。

 ふと思ったのは、ろうせきを今は、普通に堂々と売っているのだろうか?と言うことである。数々の落書きが問題になっている。たいがいはスプレーによる悪質なモノ。昔のろうせきなどで落書きをするなんてのは、かわいいものだろう。もう一つの疑問は、描くのも道路の上だけど、あれ、違法ではなかったのか?と思うのだ。 まぁ、たとえ違法ではあっても、とがめたてるモノでもなかったのだろうけど。
 それほど落書きが問題になると、落書きのための道具と言ってもいい「ろうせき」を売るのを自粛する、、なんてこたぁいくらなんでもないかな?^^ ろうせきで落書きをするヤンキーなんてかわいすぎるし。

 今時は、子供が道路に石やろうせきで落書きをしても、きつく注意されるのだろうか?ああいう落書きって、一種の文化と言ったら言いすぎだけど、大事な経験だと思うのだけど。あちこちスプレーで落書きをして廻っているヤンキーは、子供時代にそういう子供の落書きを経験したら、大きくなってからやらなかったんではないか?なんて事も考えてしまった。


ボランティアって?  (2003.7.15)

 ボランティアについて、いつも何か違うんじゃないか?と感じることがある。「ボランティア=無料奉仕」という公式が成り立っていて、それが絶対だと思っているというような。ボランティアというのは、利害を離れた自発的な奉仕活動のことである。どこにも無料奉仕であるという定義はないと思う。

 タダでやるのはばかばかしいと言っているのではない。自発的に無料奉仕をするのは立派なことである。ただ、特に日本では、そう言う場合に報酬を受け取るものではない、という意識が強すぎるのではないか?そして何より自分が嫌いなのは、ボランティアを遠回しにでも強制する人がいるということなのだ。ボランティア活動をしている人は立派だし、尊敬に値する。それは当人の自発行為のはずである。でも、そのボランティア活動をしている当人の意識が高揚しすぎているのか、他人にも暗に強制する空気を持っている人もいる。まるで、参加している自分こそが立派で、それこそがまともな社会人であり、参加しない人に対しては非難するがごとき空気で。そして思うに、ボランティアを受ける側にいくらかの余裕がある場合は、ある程度の報酬を受け取ったってかまわないし、むしろそうするべきだと思う。

 以前、あるボランティアグループに参加している人から、子供相手にボランティアで絵を教えてみないか?と言われたことがある。どのように言ったかは覚えていないが、その場で断った。事を荒立てる言い方をしかなったのは確かだけど。
 何しろ条件は無料奉仕なのだ。こちらは暇をもてあましていたわけでもなかったし、その上なんで子供相手にタダで教えなければいけないのか理解できなかった。しかも対象とする子供は、恵まれない子供でも何でもないのだ。経済的に困窮した家庭の子供達に、絵で遊ぶ楽しみの場を与えてあげよう、という趣旨だったら理解は出来るし、それなりの協力はした。でも、まったくそうではない。普通の家庭の子供が対象だったみたいなのだ。
 子供相手と大人相手だったら、子供相手の方がはるかに大変である。大人だったら、先方が多少ふに落ちなくても、こちらが言えばそれなりに理解してやってくれる。子供だと、おもしろくなければ見向きもしてくれないし、言うとおりにやってくれる「いい子」だと、こちらがやりながらきつくなってしまったりもする。費やす精神的エネルギーは子供相手の方が大きい。だから本当だったら、子供相手の場合は割増料金にしてもいいと思っているくらいだ。なのに、子供相手に無料奉仕で素晴らしい活動をしましょう♪という空気にはついていけなかった。
 はっきり言って、このようなケースはちょっと勘違いしているんじゃないのか?と思わずにはいられなかった。


夏休みのプール   (2003.7.17)

 春はあけぼの・・・あ、いや、、夏はセミ。
 って、枕草子風に始めようと思ったけど、後が続かないのだった。^^;;

 夏と言えば、なんと言ってもセミ。そしてカルピス、金鳥の蚊取り、それから夏休みのプール。小学校のときの夏の風物詩はそんなところでした。
 プールと言っても、行楽地のプールではなく、学校の夏休みのプールです。自分の母校は、水泳に力を入れていたので、夏休みもほぼ毎日プールがあった。強制ではないけど、出来るだけ参加することが求められていたと思います。まぁ半ば強制ね。でも、行くのもイヤではなかった。ある種の楽しみだったかもしれない。
 他の所にも書いたと思うけど、卒業時に25mを泳げない生徒の方が珍しかった。500m以上泳げる人も多数いて、自分もその1人でした。当時の校長は、水泳に力を入れた教育では名を知られていたらしく、後年になってその校長の著書を岩波新書で見つけて、そのあたりの熱意を改めて知ったのだった。

 プールは、ある程度の学年で分けていたと思うので、更衣室で前後の時間のグループと顔を合わせることになる。一通りの水泳指導が終わった後は、自由時間で遊べる。6m×25mのプールというのはとても狭いのだが、充分に遊べる空間ではありましたねえ。
 水を飲んだためだと思うけど、塩素を含んだゲップも記憶に残ってます。^^ 更衣室はスノコが敷かれ、今同じ状況だったら、むちゃくちゃ蒸し暑い空間のはずなのだが、全くそう言う記憶はない。気にしていなかったのか、それとも今とは環境が変わってしまったためなのか?

 プールに参加すると、参加帳にスタンプをもらえます。スタンプがたまったからどうだったのか?というのは全く記憶にないのだけど、何だったんだろ?単に参加するだけよりは、少しはスタンプがたまるという張り合いを持たせるためだったんだろうか?
 プールに行くためのバックも重要なアイテムだったりした。もちろん、当時はアイテムなんて単語は一般には使われていなかったし、ガキんちょのレベルの話である。それにバックなんて言うほどのモノでもないし。一番流行っていたのは、シースルーで黒の太い縦縞の入ったビニールバッグだった。自分もそれだったなぁ。

 プールが終わると、友人と遊びながら帰る。通学路途中に、チャンバラにちょうどいい材木を置いているところがあって、よくそれをくすねて遊んで帰っていたりした。
 夏休みの強い日差しの中、もう一つ印象に残っているのは、クーラーの重低音だ。当時のクーラーは性能が悪いためか、業務用でもないのに、重低音を発して力強くうなっていた。それは不快なモノではなく、しっかりと冷やしてくれるという頼もしい音だった。今のように、室内機と室外機がセパレートではなく、壁ぶち抜きで設置するやつね^^。
 プールに参加していた時間帯の記憶があやふやなのだけど、学年によって午前だったり午後だったりしたのだろう。帰ってから「アフタヌーンショー」を見ていた記憶もある。ワイドショーのはしりのような番組で、現在のテレ朝で正午からの番組。夏休みの毎週水曜は怪奇特集で、各地から不思議なモノをスタジオに持ってきて、それを科学者が検証したり、念力の実験もやっていた。髪の毛の伸びる「お菊人形」が全盛期だった頃ですね。
 最初のところでカルビスと書いたのは、夏になるとカルピスのCMが盛んに流れて、グラスに氷が「カロン♪」と鳴るのがとても印象に残っているからです。そういえば、最近はCMを見ないなぁ。

 母校の小学校では、夏休みの宿題というのがひとつだけ。何でも良いから、ひとつのモノを完成させること。観察日記でもいいし、工作でもいい。何でも良いから、夏休みを通して、ひとつのモノをやり遂げるというのが、全学年共通の宿題だった。自分は6年の時、ギャグマンガを描いていった。それでも良いのである。題材を選ぶのでも結構大変だったですねえ。でも、今考えるととても良い宿題の出し方だったと思う。あれこれ宿題を出されて、あくせくすることが無く、自分のやりたいと思うことひとつに集中できる。だから、プールに毎日通いながらも、遊ぶ時間は充分にあった。そう言えば、ロボット型の貯金箱付きの扇風機というのを作ったこともあった。どんな組み合わせだ?と思うでしょうが、要するに両方作りたかったので強引にセットにしたのだ。^^ 扇風機は小型だったのだけど、カバーをすべて針金で丁寧に作っていた。そんな事までしなくても、と言うところなのだが、なんだかそうせずにはいられなかったのだ。すでにそのときから今のようにこだわりが^^;;;。・・・て、てやんでぃ!

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